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【神社仏閣めぐり】青銅坐像として日本一の昭和大仏もおわす青龍寺に車中泊する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣めぐり】青銅坐像として日本一の昭和大仏もおわす青龍寺に車中泊する!


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 青森市には、56回訪れた。「ねぶた祭」を見に行ったのが最初だった。その後竜飛岬や、三内丸山遺跡・八甲田山などに行ったが、青森には、支店があったから、その都度青森市を起点とした。何年の事か、記憶にないが、8月に入り、いよいよ東北地方に夏まつりの季節がやって来たとばかりに、張り切ったのはいいが、如何せん欲張り過ぎたことがあった。先ず盛岡の「さんさ踊り」を半日見て回り、その後高速道路をぶっ飛ばし、1500頃八戸着。「八戸三社祭り」を堪能。この祭りも日本一の山車が売りで、豪快な祭りである。19時に切り上げ、盛岡に帰る積りであったが、明日は「青森のねぶた祭」に行こうという気になったので、急遽これから青森に移動することにした。


 まあ!何時もこんな調子で、急遽決まることが多いので、予めの準備というものがない。大体の見当で、北西に向けて車を走らせた。そのころは、現在のようなカーナビというものが未だ存在しない頃で、地図と、道路標識を頼りに、車をぶっ飛ばした。


 青森についたのは、午前2時半ころだった。流石にホテルを確保する訳にはいかなかったので、さてどうするかということになったのだが、前に12回行ったことのある青龍寺が頭に浮かんだ。まあこんな時刻に境内に入っていいのか迷ったが、広い境内の一角に車を停めさせて戴いた。


 この寺の特徴は、何といっても、青銅坐像では日本一の「昭和大仏」である。傍に大仏の気配を感じ、車中泊するというのも、中々出来ることではないと思うが、辺り構わず直ぐ寝れるのが小生の特技(!!??)である。まあ転勤に託けて、それぞれの場所で、神社仏閣名所旧跡巡りをしてきた小生だが、この何処でも直ぐ寝れるという特技あればこそ出来ることだと思っている。


 【高野山青森別院 全佛山青龍寺】


 昭和59年に造立された昭和大仏は、青銅座像としては日本一大きな大仏です。その高さは21,35mと奈良や鎌倉の大仏をも凌ぎます。胎内2階に戦没者慰霊の碑を祀り、戦没者の慰霊と世界平和、そして人々の心を正しく導く仏法興隆の願いが込められています。


 昭和大仏の姿を見ると、頭に宝冠をかぶり、胸に瓔珞を飾り、腕には臂釧や腕釧などの装飾品を着け、膝の上で左掌を下に右掌をその上に重ねて左右の親指の先をつける「法界定印」を結んでいます。これは真言密教の根本教典の・・・・・・・・・・・・


 続きはこちら ☞  http://mahoroba19.com/archives/13114


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      200283日~4日 東北北統轄支店勤務時撮影


 参照・引用


http://showa-daibutu.com/guide/%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%A4%A7%E4%BB%8F/


画像 オリジナル


画像引用https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E9%9D%92%E9%BE%8D%E5%AF%BA&rkf=2&ei=UTF-8&imc=&ctype=&dim=large


 


 


 


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【神社仏閣めぐり】長寿の国信州佐久の成田山薬師寺のピンコロ地蔵を参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣めぐり】長寿の国信州佐久の成田山薬師寺のピンコロ地蔵を参拝する!


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  信州には「ピンピンコロリ」という言い方がよく会話の中に出てきます。ご存知のように、信州は、「平均寿命日本一」の県としてつとに有名です。「ピンピンコロリ」の意味は、とにかく丈夫で、長生きして、お迎えの時までは、「ピンピン」と元気で過ごし、死ぬ間際は、寝たきり状態ではなく、「コロリ」と、苦しまず、一瞬であの世にいきたいという願望を表しています。


  信州人の平均寿命は、男81.75歳、女87.67歳で、日本でも1位、2位を争う長寿県となっています。平均寿命とは別に、「健康寿命」という概念があります。「元気で過ごせる寿命」という意味で、こちらの概念の方が、我々にとって重要な意味をもっています。信州人の、健康寿命は、男71.45歳、女74.73歳で、平均寿命と比べると、男10.3歳、女12.9歳という差が生じています。平均寿命は飛躍的に伸びてきた日本ですが、その実態をよく見ると、何処かに違和感(持病)を持っていたり、中には、寝たきりで過ごしている人も多いことが解ります。折角永らえた命、年を重ねても、自力で生活出来るようにしたいものである。


  健康状態を維持するには、1にも2にも、「規則正しい生活習慣の保持」に尽きると思う。①バランスの取れた食事(偏食の回避・過食=肥満回避・過度の飲酒の回避、) ②運動(歩くことで可)☜体温の保持 ③睡眠(副交感神経優位の状態<修復モード>を確保) ④交感神経優位の状態の継続状態(過労・働き過ぎ)の回避、⑤過度のストレスの回避(交感神経優位の状態の継続の回避) ⑥咀嚼(よく噛んで食べる)⑦化学合成物の回避(合成界面活性剤使用の生活用品<洗剤、洗浄剤、化学合成薬剤,化粧品、化学合成建材,化学合成繊維などなど>、⑧ 合成食品添加物、農薬、除草剤、化学肥料の使用度合いの少ないもの、なるべく使っていないものを摂取する。⑨電磁波、紫外線対策などなどが挙げられるが、現在における生活は、空気を吸っても、水を飲んでも、化学合成物が生体内に入ってしまう劣悪な生活環境にあることは残念ながら事実である。空気・水でさえそうなのであるから、その他については、それ以上に深刻な状態である。そんなことを言っていては、我々の生活は1日たりといえども成り立たなくなる。そういう事情を勘案して、⑩として、デトックスの項目を入れておきます。


  さて信州における長寿の要因について、⑪として、「生甲斐をもつこと」ということを強調して置きたい。それは趣味であったり、やりたいことを遠慮なくやるということでいいのですが、ここで信州でよくみられる風景(?)を挙げておきたいと思います。信州は農業県ですが、90を過ぎても、リンゴ畑に出て、三脚梯子に上がって、剪定や、摘花・摘果などを生き生きとしてやっているお年寄りが実に多い。婆ちゃんも負けてはいない。(農業の後継者も少ないという事情もあるかも知れないが‥) ちゃんと家族の一員として、存在を主張しているのである。また、家族も、そういう爺ちゃん、婆ちゃんを尊敬し、大切にしている。「うちの爺ちゃん・婆ちゃんは、よく畑に出て働いてくれるで助かるよ!」などと、お茶のみ話でもよく出てくる。そんな訳で爺ちゃん・婆ちゃんも、家族の中での居場所を持ち、遣り甲斐を感じているから何時までも元気でいられるのだと思う。


  さて前置きが非常に長くなってしまいましたが、佐久市にある「ピンコロ地蔵」についてすこし書いてみます。


 「まほろばの里」信州


 信州は、県歌「信濃の国」でも歌われているように、山・川・高原・湖など自然に恵まれ、農業も盛んで、まほろばの国信州と呼ばれてきました。「まほろば」とは優れたよい所という意味で、住みやすい気候で、綺麗な水に恵まれ、多くの米が収穫されてきたことを受けて与えられた言葉です。


 1、日本一の長寿県


平成17年度都道府県生命表(H19.12.17厚生労働省公表)における長野県の平均寿命は、男性第1位(H2年より1位)女性第5位(H2年より5位以内をキープ)で全国1位の長寿県です。また、平均寿命は全国1位ですが百寿率は全国22位にすぎず、且つ90歳以上の平均余命(佐久市の場合)は3,9歳で、そのうち活動余命は2、2歳ということから、なくなる直前まで・・・・・・・・・・・・


 続きはこちら ☞ http://mahoroba19.com/archives/13044


 


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(画像は20131022日参拝した時のものです)


 参考元 野沢商店街連合会HP


http://pinkoro.com/publics/index/76/


画像元 オリジナル


画像元(一部) yjimage


https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%83%94%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%AA%E5%9C%B0%E8%94%B5


 


 



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岩手県柴波町勝源院 !「逆さ柏ってなんじゃいな!?」と思って寄ったのが最初!その後度々訪れる! [神社仏閣めぐり]

岩手県柴波町勝源院 !「逆さ柏ってなんじゃいな!?」と思って寄ったのが最初!その後度々訪れる!


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 盛岡市から国道4号線を南下し、紫波町日詰のまちに至ると、右手に特徴のある鐘楼門が目に入る。曹洞宗の寺院・勝源院である。小生はこういうものが目に入ると寄ってみようと思うのである。さらに「逆さがしわ」の案内板もある。「逆さ柏ってなんじゃいな!?」とさらに興味が湧く!入母屋瓦葺の山門をくぐり本堂の裏庭園に回ってみると、なるほどと思わせる大木があった。国指定天然記念物の逆ガシワ(さかさがしわ)である。


  このカシワの老大木は推定樹齢300年といわれ、主幹が地上1mくらいのところから、4本の支幹に分かれ、それぞれが地面を這うように伸びており、まるで龍がのた打ち回っているように見える。這うように伸びた後に立ち上がるという異形をなしています。まるで枝が根に見えることから逆(さかさ)ガシワと呼ばれているようです。


 本来カシワは、幹が垂直に伸びて枝を張るという樹木なので、たしかに不思議な光景となっている。そのような樹態なので、支柱が至る所に巡らされている。日当たりのいいところを必要とするカシワなのに、ここでは・・・・・・・・・・・・・


続きはこちら ☞  http://mahoroba19.com/archives/12871


 


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 柴波町観光協会:【柴波町観光案内人】


http://www.shiwa-kanko.jp/koushin/%E5%8B%9D%E6%BA%90%E9%99%A2%E3%81%AE%E9%80%86%E3%82%AC%E3%82%B7%E3%83%AF/


画像 オリジナル。


一部 http://kihan5.sakura.ne.jp/sakasakasiwa.html


 


 


 


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雨の中態々車を停めて参拝した唐松神社(秋田県協和町)後程分かった大変なこと!? [神社仏閣めぐり]

雨の中態々車を停めて参拝した唐松神社(秋田県協和町)後程分かった大変なこと!?



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 以前田沢湖から、阿仁軽油、能代に着。そこから五能線沿いに、59号線を北上。不老不死温泉まで行き、ここで引き返し、能代一泊、翌日伊勢堂岱遺跡、銀杏山神社、能代引き換えし、号を南下、八郎潟、入道崎。男鹿駅前ホテル泊。翌日赤神神社五社堂に引き返し、早朝6時ごろ五社堂の階段上り切った。それ等青森・秋田のぶらり一人旅の話は以前UPしました。今回はその続きでござる!



 その日は、20031013日。晴れ男の小生にしては、珍しく、雨降り。赤神神社五社堂の階段を下るころは、未だ傘を差さなくても歩ける程だったが、再び男鹿駅の前を通る頃は本格的に降り出した。いくら神社仏閣名所旧跡巡りを趣味とする小生だが、雨の中では、少々その気は失せる。



「しょうがねえなア!!」と思いながら、未だ9時頃だったが「あとは盛岡に帰るしかねえなア!」と頭を過る。秋田市街を抜け、13号線(奥州街道)を、仙北市に向かい走っていると、「唐松神社」という案内板が目に入ったので、車を降りることにした。(だから小生の辞書には<探す>という文字はない。着いたところが目的地だ。いつもそうなのだが、小生の「ぶらり一人旅」は、予定を立てる訳でもなく、「曰くいわれ」も調べるでもなく、常に行き当たりばったり、風の吹く儘・気の向く儘、の「西東」。まあ言うならば、「男はつらいよの寅さん」の旅である。事実この23日の秋田・青森のコースも、行く先もホテルも予約したところなし。偶々車を走らせて、目に入ったホテルに飛び込みだ!もし取れなければ車中泊覚悟。この唐松神社も、偶々案内板が目に入ったから寄ってみただけのお粗末。



御祭神は饒速日尊。物部氏の遠祖。参道より数段下ったところに社殿がある一寸変わった独特の配置。代々の宮司が一子相伝で継承してきた文献が『物部文書』。蘇我氏との対立で敗れた物部守屋の子・那加世(なかよ)が、秋田に落ちてくる際に持参した古代史料の写しとされる。昭和58年(1983)に一部公開、大部分は依然として未公開。同書によると物部氏の発祥地は東北。饒速日尊は鳥海山に降臨。10種の神宝を奉じた場所が唐松神社である。 ※ 日本列島パワーポイントの北限<白山と富士山を結ぶ線の真ん中を長野市の皆神神社を経由し、さらに北に延ばすと、この唐松神社に行き付く!)また逆方向の西南の方に線を引っ張ると、なんと伊勢神宮に行き当たるのです! という訳で、この唐松神社には、窺い知れない何かを内包しているのである! 


以下、『物部文献』により伝わる話。


ニギハヤヒが鳥見山(鳥海山)に降臨。逆合川の日殿山に「日の宮」を造営(唐松神社の起源)。御倉棚の地に一時居住(大仙市協和船岡字合貝の三倉神社がその跡)。


神功皇后の三韓征伐の際、物部膽咋連(いくいのむらじ)がこれを助けた。後に神功皇后は日の宮を詣で、韓国を服(まつ)ろわせたことを記念して月の宮を造営。以来、その社を韓服(からまつ)宮という。


物部守屋の戦死後、その子の那加世(なかよ)が蝦夷の地に逃れてきて、日の宮の神官になった。唐松神社宮司家はその子孫。



?※引用参考元 物部文献



ニギハヤヒが天降りの際に持ってきた十種(とくさ)の神宝(かんだから)のうちの5つ(奥津鏡、辺津鏡、十握剣、生玉、足玉)が残されているという。



参考文献:『日本のまつろわぬ神々』 新人物往来社編 新人物往来社



饒速日尊(にぎはやひのみこと)が鳥見山に降臨、唐松山を御神体とする神社を創建。



心の中の灯火が蘇り安堵感に包まれる。



子宝、安産。



※参考文献:『開運!日本のパワースポット案内』一個人編集部編 KKベストセラーズ



※参考文献:『日本の謎と不思議大全 東日本編』 人文社



秋田県のほぼ中央部、大きく蛇行する淀川のほとりに鎮座する唐松山天日宮 (あまつひのみや)。日本全国に8万社とも10万社ともいわれる神社のなかで、これほど異彩を放つ神社はめずらしいだろう。神社建築の枠をはるかに超えた、SF的ともいえるその神域は、なんとも不思議な気に満ちあふれている。瞠目するのは、池と築山を同心円状に配した特異なデザインと、境内一面に敷き詰められた数十万個ともいわれる自然石から生まれる造形美である。シンメトリーで構成された冷たい幾何学的秩序を、自然石のぬくもりで覆いかくし、人工的な自然ともいえる有機的な建築的秩序を形づくっている。



この7行は、



http://home.s01.itscom.net/sahara/stone/s_tohoku/aki_karamatu/karamatu.htm



から引用。



 しかしそんないい加減に寄った「唐松神社」は、後で調べ物をしていたら、とんでもない神社だと解って・・・・・・・・・・・・



続きはこちら ? http://mahoroba19.com/archives/12794



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黄金崎不老不死温泉 海の中に同化している名物!露天風呂!名前に肖りたいものだ! 




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秋田の旅 赤神神社五社堂 ? 日本の渚100選 鵜ノ崎海岸 ? 唐松神社の旅! 雨の中秋田のパワースポットを走り抜ける!




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世界最強・最大のピラミッドともいわれる「皆神山」および皆神神社の不思議!




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銀杏山神社の大銀杏に感動! 今回も走りに走ったり! 秋田・青森の「ぶらり一人旅!」



http://mahoroba19.com/archives/7832


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男鹿半島の最突端、北緯40度線上に位置する入道崎で暫し休息する!




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画像元オリジナル  


画像元(補足画像)yjimage


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E5%94%90%E6%9D%BE%E7%A5%9E%E7%A4%BE&rkf=2&ei=UTF-8&imc=&ctype=&dim=large(唐松神社の一部)


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E7%9A%86%E7%A5%9E%E7%A5%9E%E7%A4%BE&rkf=2&ei=UTF-8&imc=&ctype=&dim=large(皆神神社の一部)



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【神社仏閣巡り】岩手山を背景に着飾った馬コが「チャグチャグ」と鈴を鳴らしながら田園風景の中を進む!(H14年盛岡支店勤務時撮影) [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】岩手山を背景に着飾った馬コが「チャグチャグ」と鈴を鳴らしながら田園風景の中を進む!(H14年盛岡支店勤務時撮影)   



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今日は6月の二週目の土曜日です。そうです2年ほど前から、休日バージョンになったチャグチャグ馬コの日です。昨年行ったので、今年はパスしようと思っていたが、2・3ヶ月前に、福岡から転勤して来た奴が、「是非行きたい」というので、付き合うことにした。昨年とは違って、蒼前神社の場所も、駐車場の状況も分かっていたので余裕を持って出発できた。今回は、出発前の、蒼前神社の様子も、パレードが終わっての神社の様子などもバッチシ画像に収めることができた。


 パレードは9時半に出発した。出発5分ほど前に、絶好の撮影ポイントに移動。本日もNHKなどの全国版ニュースでも流されたと同じポイントで私も画像を撮った。そこは知る人ぞ知る、「チャグチャグ馬コ」の絶好の撮影ポイントとなっている。まず緑が多いこと。そして背景に岩手山が入ること。また幅2m位の土手状の道なので、(撮影場所は、そこより2m下の田んぼの畔道になっているところなので)パレードが丁度いい構図で収まることすなわち、「チャグチャグ馬コ」のポスターなどにも出ている「定番」の撮影ポイントなのであります。  


 今年は背景の岩手山には雲などもかからず全容を現していた。岩手山はまだ若干の雪を残している。蒼前神社のある滝沢村は日本で一番人口の多い村として有名だが、ご覧のように家が建て込んできて、折角の絶好のポイントも年々緑が侵食されてきている。(註撮影当時は村だったが、現在は市になっている)


 パレード自体は、20分くらいで過ぎ去ってしまうのだが、彼らは約15Km先の盛岡八幡社までパレードする。ここから1km先からは・・・・・・・・・・・・


つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/12206


 


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 画像元 オリジナル(平成14年盛岡支店赴任中撮影)


 


 


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【神社仏閣巡り】桜の季節以外で初めて萬龍寺に行ってみた!結構色とりどり! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】桜の季節以外で初めて萬龍寺に行ってみた!結構色とりどり!


 


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 毎年桜が咲く季節は、近くの桜の名所めぐりをしているのだが、今年は何時になく桜見物の日にちが取れなくたった2日しか取れなかった。毎年同じところに行ってみるのだが、今年は端から全部回るのは無理だと判断したので、それなら一層の事、今まで行ったことのないところにも行ってみようと相成った。仁礼の妙徳山高顕寺であったり、同じく仁礼の  線の桜並木であったり、妙徳山太郎山神社附近の桜だったりした。マダマダ知らない桜があるのは嬉しかった。


 さて今日は今迄何回も行っている萬龍寺なのだが、桜の散った後は、全然訪れたことがないので、傍まで行ったので、足を延ばしてみた。萬龍寺には、桜の木が境内に2本、傍に3本あり、大変立派な花を咲かせるのだが、今日のところは、葉桜になった、どちらかと言えば殺風景な・・・・・・・・・・・・・・


つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/12186


 


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画像元 オリジナル


 


 


 


 



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【神社仏閣巡り】東照寺!桜の季節は過ぎてしまったが、シャクナゲや躑躅で境内は色とりどり! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】東照寺!桜の季節は過ぎてしまったが、シャクナゲや躑躅で境内は色とりどり!


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 桜の季節を外してしまったが、米子不動尊の傍に、お寺がある事は知っていたので、何時か行ってみようと思っていた。6日亀倉萬龍寺に行ったので、米子まで出て、東照寺に行ってみようと思った。当然櫻は散って、緑一色の境内だろうと思ったが。


  この寺は、入り口のところに、大きな枝垂れ桜があり、寺の象徴になっているのですが、葉丈になっているとは言え、まさしくその名に相応しい桜の木であった。さぞかし満開の時は壮大な桜であろうと思った。来年は是非見たいと思った。


  境内は、つつじや、芝桜、シャクナゲなどで、鮮やかな色どりだった。


  この寺は浄土真宗であり、西輝山東照寺と称す。弘安2年(1279)、井上善明により、下野国で、開基と伝えられる。のち上杉謙信の招きにより、越後の国頚城へ移った。その後長沼城主(現長野市長沼)により、元和2年(1616)更に相之島(須坂)に移転した。元禄14年(1701)千曲川の大洪水で伽藍を流失した為、翌年米子村の名主の招きにより、現在地に移転・創建された。現本堂は安政5年(1818)の建立である。


  本堂は大勢の信徒を収容できるよう、広い空間を設け、太い柱、虹梁を用いた総欅造りの豪壮な建物=間口十二間(22m)、である。本堂の内陣と外陣を・・・・・・・・・・


 つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/12106


 縮小版庭admin-ajax.jpg



画像元 オリジナル


 


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【神社仏閣名所旧跡めぐり】「どの道行けば、この恋を忘れることが出来ますか?♪せめて教えて? 道祖神♪♪ 亀倉「道祖神」考! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣名所旧跡めぐり】「どの道行けば、[ムード]この恋を忘れることが出来ますか?♪せめて教えて? 道祖神♪♪ 亀倉「道祖神」考!


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? 花に囲まれた「庚申塔」に別れ(!?)3分も走らない距離で、今度は道祖神に遭遇した! 少し先には、白山神社鎮守の杜も目に入る。そのちょっと先は、萬龍寺だ。この農道ともいえる細い道は、神仏の集中地だ!


? 直ぐ傍には、濃い緑一色になった妙徳山が、堂々たる山容を横たえ、ここ亀倉の地は、桜こそ散ってしまったが、赤やピンクの花で満たされ、まさに春タケナワである。そんな平和な雰囲気の中に、道祖神は立っていた。


? 車を停めて、案内板を見たのだが、ただ「道祖神」としか書かれていなかった。扨てさてこれでは話が進まんぞ!そこでネットで調べてみた。以下no80rty氏がマトメたものの引用です。https://matome.naver.jp/odai/2140843638999911801


? 道祖神は、路傍の神である。集落の境や村の中心、 村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られる神で、松尾芭蕉の「奥の細道」では旅に誘う神様として冒頭に登場する。村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている。 古い時代のものは男女一対を象徴するものになっている。餅つき(男女の性交を象徴する)などにもその痕跡が残る。


<出典 道祖神 ? Wikipedia


村境や峠などの道端にまつられる,禍・悪霊を防ぐ神。旅の安全をもつかさどる。婚姻や出産の神とされることもある。地蔵・猿田彦神と習合したものも多い。さえのかみ。手向けの神。道陸(どうろく)神。出典 「道祖神とは - 歴史民俗用語 Weblio辞書」


?道祖神は村落の辻や峠の境に祀られ、外来の邪悪なものを遮るという風に言われています。元は道教から生まれたという・・・・・・・・・・・・・・


?つづきはこちらから ?  http://mahoroba19.com/archives/12052


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参照・引用 no80rty氏がマトメたものの引用です。https://matome.naver.jp/odai/2140843638999911801


画像元 オリジナル


 



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【神社仏閣巡り】亀倉の細い農道の交差点に花にかこまれた庚申塔あり! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】亀倉の細い農道の交差点に花にかこまれた庚申塔あり!


 


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 早朝秋葉三社神社の春季例祭の準備で、動いた後、午後まで時間が空いたので、亀倉から米子の方に行ってみようと思い立った。先日桜を見に回ったコースだ。まあ満開だった桜も、葉桜になって、殺風景な緑一色だろうなと思い、何も期待せず出掛けた。つい10日程前に、市街地に一番近い里山は、冬の茶系の山肌だったが、一斉に芽が噴き出て、濃い緑に変化している。天候は晴れ、熱くも寒くもない快適な温度だ。


亀倉に入り、萬龍寺の方へ行ってみようと、見当をつけて走っていると、「庚申塔」と書かれた案内板が目に入った。車を停めて、案内板を見たら、「江戸時代に普及した庚申信仰にまつわる塔で、自然現象を支配する帝釈天の使者である青面天を祀っている」と書かれていた。はて!? 「青面天」ってなに!? 初めて聞いたなあ? 


 ■その前に、そもそも「庚申」とは何?■


道教の教えでは、人間の体内には三つの霊が宿っているという。魂(コン)、魄(ハク)、三尸(さんし)である。人が死ぬと、魂(コン)は天に昇り、魄(ハク)は地下に入る。講談や映画に出てくる幽霊が最初に述べる決まり文句があって、「恨めしや~、コンパクこの世に留まりて恨みはらさずおくものか~」の魂(コン)・魄(ハク)がこれである。即ち、魂・魄がこの世にいれば死んでいないということなのであろう。


 問題は、残りの三尸(さんし)と言う虫がとんでもない悪さをする。三尸は宿主が死んだ後は自由に遊び回れる存在なのだという。祭り等にも行けるから、早く宿主が死ぬのを待ち望んでいるのだ。とんでもない奴や!


 そして、具合の悪いことに、旧暦で60日に一回巡ってくる庚申(かのえさる)の日に三尸は宿主の体内を抜け出せる。天に昇って天帝に宿主の日頃の行状を報告する役目も負っていて、その報告によっては寿命を・・・・・・・・・・・・・・


 つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/12003


 


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 http://www.ukima.info/meisho/sekibutu/kousin0.htm


http://koktok.web.fc2.com/KOZA2007/koz31/syokera.htm


 画像元 オリジナル


 


 


 


 


 


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【神社仏閣巡り】 妙徳山の中腹にある太郎山神社を参拝する!上田の太郎山神社から分祀された神が祀られている! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】 妙徳山の中腹にある太郎山神社を参拝する!上田の太郎山神社から分祀された神が祀られている!


 


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 須坂市上八町の明光寺から、仁礼の妙徳山高顕寺へ行こうと思って、車を走らせていたら、妙徳山の中腹に、白いこんもりとした部分があった。須坂市内の桜は、満開を通り越して、大分盛りを過ぎていたので、この白い一群は将に満開の状態に見えたので、予定外であったが行ってみることにした。事ほど左様に先の事を考えていない。行先が見えているところに行くのであるから迷う事がない、即ち時間的ロスはないのだが、帰宅後いろいろ調べている時に、見落としがあったり、解っていれば寄るべき所があったりして、悔しい思いをすることが多い。


 さてその白い桜の塊は、すぐ傍にあるのだが、どうやって行けばよいのか、なかなか見つからない。建築用の砂利の山があったりして近付けない。やっと小道をみつけ入ってみた。桜は尾根に沿って群生していた。小道に戻って下って行ったら、そこそこ広い場所に、鳥居と狛犬丈が立っていたところに出た。「神社の跡なのかな!?」と思った。よく見ると道はここで別れていて、登りの道があったので、そっちの方に入ってみた。1人がやっと通れるような狭い道だ。暫く行くと・・・・・・・・・・・・・


 つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/11956


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高甫地域づくり推進委員会


平成253


「高甫地域 史跡ハンドブック」より


 画像 オリジナル,


 


 


 


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【神社仏閣巡り】 3月下旬このところ、気温の差が激しかったが、本日は初夏の陽気!健御名方神社 (須坂市郷原)に参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】 3月下旬このところ、気温の差が激しかったが、本日は初夏の陽気!健御名方神社 (須坂市郷原)に参拝する!


 


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 「健御名方神社は須坂市日滝小学校の西隣にある神社である。このところ、寒かったり、また汗をかくような不安定な日が続く。寒暖の差が激しい。高山村に所用で来たが、次の訪問先に行く迄に、時間が少し空いたので、途中にある健御名方神社に寄ってみた。


 昔より日滝の本郷、大谷、高橋地区の鎮守の神社で、その名の通り祭神は「健御名方命」である。「健御名方命」を祀っているということは、この神社は諏訪神社で、武神、農耕神、狩猟神として信仰されているという事になる。


 健御名方命の名前の由来は、「健(建)」は猛々しい、「御」とは尊敬の意味をあらわしているようで、健御名方とは「猛々しい名方の神」という意味になる。確かに武神に相応しい由来である。そういえば信濃源氏が崇めていた「八幡神」も・・・・・・・・・・・・


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須坂探検マップ


http://www.suzakamap.com/tanken/page.php?_id=76


画像 オリジナル


画像元 yjimage(まつり)


http://donndoco.rgr.jp/Report/suzaka_hitaki.htm


 


 


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【神社仏閣巡り】水内坐一元神社(長野市大字小島)を参拝する!近在では少ない御柱祭を行う神社! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】水内坐一元神社(長野市大字小島)を参拝する!近在では少ない御柱祭を行う神社!


  


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友人がメンバーになっている「ハイカラモンキーズ」というバンドの公演が、長野市小島の東部文化センターで開催された。友人の誼で見に行った。バンド名でも解る通り、聴衆は年配者が多かったのだが、400名くらい集まり盛会だった。15:30終了。未だ日が高かったので、100mくらい先に、鎮守の森が目に入ったので行ってみた。田んぼの中に、鎮守の森があり、畦道を通って境内に着いた。


  【水内坐一元神社】


 宮司       長沼忠行氏


神社名    水内坐一元神社(みのちざいちげんじんじゃ)


鎮座地    長野市大字小島字樋堰南557


 本社祭神名           建御名方命(たけみなかたのみこと)


例祭日    9月中旬 日曜日


由緒       小島の産土神。古くは水内社といった。天文22年(1553年)上杉謙信川中島出陣のおり、祭典料と制礼を寄附。


安政2年(1855年)水内最高の意をもって社号を改めた。


 祭神 建御名方神、天照皇大神、猿田彦大神、太宰府天満宮(曹原道真公)古くは「水内の社」ともいう。上杉謙信信州川中島出陣のおり祭典料として永1貫文と書き付け並に制札を下付したという。境内には古い安永8(1779)10月の打籠がある。


 安政2(1855)諏訪大明神を改称、水内の最高社の意を持って現社号に改められる。


明治4110月には神明社、天神社、金比羅社を合祀。


昭和61年境内社造営し近在では少ない・・・・・・・・・・・・


 


つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/10995


 


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いきいきわがまち やなぎはら


柳原地区住民自治協議会公式ホームページ


http://e-yanagihara.com/whatmap/minochinimasu


画像 オリジナル


画像元 yjimage


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E6%B0%B4%E5%86%85%E5%9D%90%E4%B8%80%E5%85%83%E7%A5%9E%E7%A4%BE+%E8%88%9E%E5%8F%B0%E3%80%80%E7%94%BB%E5%83%8F&oq=&ei=UTF-8&rkf=1&imc=&ctype=&dim=large


 


 


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【神社仏閣巡り】 日本三大文殊堂の1つ、真言宗智山派松高山大聖寺(通称亀岡文殊)を参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】 日本三大文殊堂の1つ、真言宗智山派松高山大聖寺(通称亀岡文殊)を参拝する!


 奈良県桜井市の安倍文殊院、京都府宮津市の智恩寺(切戸文殊)と共に、日本3大文殊の一つに数えられる亀岡文殊。知恵を司る文殊菩薩を祀る、東北地方稀有の名刹には、合格祈願や学徳成就の為に山形県内外から多くの参拝者が訪れる。


 停年まで勤めた会社在籍中、2年半盛岡に勤務したことがある。当時は単身赴任だったので、土・日、祝祭日の殆どを「神社仏閣名所旧跡巡り」に費やした。赴任当時は、東北には、「さして見るべきものは無えだべなあ!」と勝手に思っていたが、これがいい方の誤算で、大層楽しかった。特筆すべきは、「東北の祭り」で、何といっても、祭りの参加者が凄く多いのである。それも「えらく気合が入っていて、凄く気持ち」がいいのである。花火大会でさえ、結構な雨が降っていても、中止にしない。私は大曲の花火大会(正式には、全国煙火師競技大会という)には参った。1時から始まるのだが、そのころから既に雨が降っていて、「こりゃあ中止だべえ!」と思ったが、一向に止めず、遂に予定通り21時半までやり切った。大曲の駅で、新幹線の切符の代金を払おうと思って、尻のポケットに入れて置いた財布から、札を取り出して驚いたねえ! 雨に濡れてビッショリだった。ことほど左様にどの祭りでも根性が入っていて、実に気持ちが良い!


 さて前置きが長くなってしまったが、文殊堂の話に入る。赴任して、2年も過ぎた頃、それまでは、北東北3県を彷徨ったが、後半年で、「ソロソロ転勤かも知れんなあ!」と思ったので、赴任中に、南東北3県も廻っておこうと思い立ったので、それからは南東北を意識的に廻った。


 最初に行ったコースは、東北道を南下して、北上市に出て、錦秋湖・湯田を抜けて、横手まで出て、13号線に入り南下した。例によって下調べのない、行き当たりバッタリの旅であったが、目に付いたものがあれば、車を停めて、気儘にぶらついた。


 天童・立石寺などを経て、山形市に出た。ここら辺に来た時、「そういえば山形の何処かに、日本3大文殊の1つがあった筈だぞ!」と頭を過ぎった。「さて!それは何処なんだ!」と観光地図を拡げて探したら・・・・・・・・・・・・


 つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/10631


  


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 参考 いま山形から…山形漫歩


http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020020/03/mailmag/series/manpo/kameoka.html


画像元 yjimage


 http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020020/03/mailmag/series/manpo/kameoka.html


 



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【神社仏閣巡り】~義経北上伝説のロマン秘め 津軽海峡を見おろす龍馬山義経寺を参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】義経北上伝説のロマン秘め 津軽海峡を見下ろす龍馬山義経寺を参拝する


 


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岩手県の神社仏閣で有名な所と言えば、中尊寺を上げることが出来るだろう。盛岡着任後早々参拝に行った。平泉と言えば、義経を思い出すが、源義経は奥州平泉の衣川で自刃したといわれていますが、源頼朝に追われ北上したという説もある。所謂義経北上伝説と言われるものである。義経伝説は東北地方にも多々残るが、今回は第19番札所の義経寺に行ってみた。三厩湾を望む山の中腹に位置する。「龍飛崎まで逃げて、あれ狂う海に行く手を阻まれていたが、当寺の観音像に祈ると、3頭の龍馬が現れ、海峡を渡ることができたという伝説」が残る寺である。


  ここら辺の経緯については、次のように言われています。「義経一行は津軽半島を目指します。その後、津軽半島から蝦夷地に逃れようとしますが、海が荒れて渡れなかった。そこで、巨岩の上に守り本尊である観音像を安置させ三日三晩念じると、白髪交じりの仙人が現れ、3頭の龍()馬を与えられ無事に蝦夷まで辿りつくことが出来たと伝えられている。そして、この地域は、3頭の馬を繋いだ場所と言う・・・・・・・・・・・


 


つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/10565


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参考 青森県情報ネット アプティネット 龍馬山義経寺


http://www.aptinet.jp/Detail_display_00002142.html


http://d.hatena.ne.jp/msystem/20160423/1461337746


画像元 yjimage


    https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E7%BE%A9%E7%B5%8C%E5%8C%97%E4%B8%8A%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88&rkf=2&ei=UTF-8&imc=&ctype=&dim=large


➁ 青森県情報ネット アプティネット 龍馬山義経寺


 http://www.aptinet.jp/Detail_display_00002142.html


    オリジナル 


 


 


 


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【神社仏閣巡り】御旅館(おたや)祭りで知られる伊勢社(長野市川中島)を参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】御旅館(おたや)祭りで知られる伊勢社(長野市川中島)を参拝する!


 長野市の18号バイパスから、更埴方面に向かって、旧18号に抜けようとして、車を走らせていたら、偶然目に入った神社があり、寄ってみた。それは寺と隣り合わせの神社で、大きな逆Jの字のカーブのところにあり、車を何処に停めたらいいか迷った。その神社は「伊勢社」であった。伊勢社は長野市内に数か所ある様だ。


  平安時代、ここら辺一帯は、伊勢神宮の荘園(富部御厨)で、その頃に伊勢社が勧請されたと言われています。その後、戦国時代の川中島の合戦で焼失したが、元和三年(1617)に伊勢の久志本神主が伊勢神宮造営の余材を貰い再建したため、それ以来伊勢分社と呼ばれるようになったという。


 その格式はその後も続き、久志本神主や代理人が毎年ここに来て泊まり、氏子へ神札を配布したことが「御旅館(おたや)」の語源となった。毎年16日の新春例祭「おたや祭」は、前夜半から近郷在来の人々の参拝や門前市で大いに賑わうなど、川中島平の人々からは「戸部のおたや」として親しまれている。


16日の新春例祭「おたや祭」は、随分と賑わう様であるが、この伊勢社の、ある人のブログを読んでいたら、下記のような文章があった。


 今から50年近く前、小学生の頃、1月6日になると、私は冬の寒い朝の道を3キロメートルほども歩いて戸部(御厨)まで「おたや」を見にいきました。大した小遣い銭もなく、100円にもならないような小銭を手にして。


 それでもその頃にはこの祭りは盛大で・・・・・・・・・・


   つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/10513


 


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参考 

    http://takamineya.m35.coreserver.jp/www.nautpolis01.com/walkigram01/?p=2327


 ➁ http://takeri57-w2.blog.avis.jp/%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%81%AE%E9%AD%85%E5%8A%9B%E5%86%8D%E7%99%BA%E8%A6%8B/%EF%BC%93%EF%BC%97%E3%80%80%E5%B7%9D%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E5%9C%B0%E5%8C%BA%E3%80%80%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E7%A4%BE%E3%83%BB%E6%88%B8%E9%83%A8%E3%81%AE%E5%BE%A1%E6%97%85%E9%A4%A8%EF%BC%88%E3%81%8A%E3%81%9F/


画像 オリジナル。


 


 



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今は3寺(私の知る限り)になってしまった「九体寺」!格式高いが、境内には猫や鶏が戯れる庶民感覚な気取らない浄瑠璃寺! [神社仏閣めぐり]

今は3寺(私の知る限り)になってしまった「九体寺」!格式高いが、境内には猫や鶏が戯れる庶民感覚な気取らない浄瑠璃寺!

 


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京都府と奈良県の境に位置する浄瑠璃寺。この寺の存在を知ったのは、NHKの特集番組だった。この寺の特徴・見所は、何といっても「九体寺」である事だろう。細長い本堂には、ひときわ大きい阿弥陀如来を真ん中に配し、左右に4体の阿弥陀仏を配している。春分の日だったか、秋分の日だったか、またはその両日だったかすっかり忘れてしまったが、当日深夜、御堂の大きな戸を開け放し、本堂前にある池の水面に、その九体の御仏が逆さに映る様をテレビ画面で見たことだった。それは高校時代だったか、未だ須坂に住んでいる頃だったように記憶する。


そんなことがあったので、この県(府)境に偶々分け入った際、例の昭文社の「上撰の旅」を括っていた時、「九体寺」という文字が目に入り、即、浄瑠璃寺に向かったという次第。


 浄瑠璃寺の寺号は、三重塔の内陣に安置されている薬師如来の浄土「浄瑠璃世界」からきている。梵字の阿字を象ったと言われる池を中心にして、東に薬師仏、西に阿弥陀仏を配した庭園は極楽世界をこの世に表わしたもので、本堂は横に長く九体の阿弥陀如来を安置しています。平安時代には京都を中心にこのような堂も 30 以上あったと伝わっていますが全て失われ、当時の儘現存するのはここ(近畿圏では)浄瑠璃寺だけです。


 【国宝】


  本堂(阿弥陀堂)、三重塔、九体阿弥陀如来像、四天王像


・重要文化財


 薬師如来坐像、地蔵菩薩立像(子安地蔵、延命地蔵)、吉祥天女像


 本堂前の石灯篭


・史跡・特別名勝


 浄瑠璃寺庭園


 早春の馬酔木の参道は優しい雰囲気です。四季折々落ち着いて、癒される寺です。NHKの特別番組で見て、強烈に記憶にあったこの寺は、そんな訳で、特に気に入っていて、何回も訪れた寺の1つでした。


そんな格式高い寺なのですが、入り口の辺に、ある時は鶏が、のんびり餌を啄んでいたり、何匹かの猫がじゃれ合っていたり、ひどく素朴な面があるお寺だったりします。


  早春の馬酔木の参道は優しい雰囲気である。静かな境内に入るとまず左手、三重塔の方向に進み、塔の中の薬師如来に手を合わせ、後ろを振り返り・・・・・・・・・・


  


つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/10341


 


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木津川市観光ガイド 神社・仏閣


http://0774.or.jp/temple/jyoruriji.html


画像 オリジナル。


1部     画像元 yjimage


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E6%B5%84%E7%91%A0%E7%92%83%E5%AF%BA&rkf=2&ei=UTF-8&imc=&ctype=&dim=large


 


 


 


 


 


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行基が彫り込んだ3体の文殊菩薩像の1つを祀る鹿教湯文殊堂を参拝する! [神社仏閣めぐり]

行基が彫り込んだ3体の文殊菩薩像の1つを祀る鹿教湯文殊堂を参拝する!


 


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 日本3大文殊堂といえば、安部文殊堂(奈良県)、切戸文殊堂(京都府)、高畠文殊堂(山形県)と言われている。私は、京都支店・東北北統轄支店と在職し、3文殊堂に行けたのだが、切戸文殊堂は、天橋立に行きながら、参拝する機会を逃してしまった。明日香の飛鳥寺は、京都離任の8年後に参拝し、思いを遂げることができたが、切戸文殊堂は、未だに心に刺さっている。私は神社仏閣名所旧跡巡りで、いろいろなところに行ってきたが、予めコースを設定して出掛けた事がないのでこういう事態を引き起こす。地図でご覧戴けば、お解かり戴けると思いますが、天橋立の南端に、この切戸文殊堂はあるのだ。何事も予めの準備は大事だってことだねえ!


  さて今回は、文殊堂は文殊堂でも、信州鹿教湯温泉にある文殊堂である。別所温泉前山寺までは、度々訪れたことはあったのですが、鹿教湯温泉は、温泉街を通り抜けたことはあっても、車を降りて、歩いたことはなかった。


  東北北統轄支店在任中、高畠文殊を参拝し、切戸文殊堂に行ってさえいれば、3台文殊堂を「制覇(!?)出来たのになあ」と思いつつ、東北の任期を終えた。そんな折、帰省した際、初詣で、別所の各寺を訪れたところ、この先に鹿教湯文殊堂がある事を知り、往ってみることにした。


 【鹿教湯文殊堂(上田市)概要】


  文殊堂の創建は奈良時代、聖武天皇の勅命により行基菩薩が全国を巡錫し当地に訪れるとただならぬ霊気を感じとりました。行基は霊地と悟り急ぎ早に奈良の都に戻ると三体の文殊菩薩像を彫り込み、弟子の1人園行に1体を託し安置させたのが始まりと伝えられています。


 以来、「日本三体文殊」の・・・・・・・・・・・・・


 つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/10252


 


 


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長野県:観光・歴史・見どころ


http://www.nagareki.com/sikakyou/monjyu.html


画像 オリジナル


一部 今よりは風に任せむ 秋旅②-鹿教湯温泉 文殊堂編(長野)2016.10.


https://ameblo.jp/chama-nyan7/entry-12213286474.html


 


 


 


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【神社仏閣巡り】冬の光前寺(駒ケ根市 天台宗別格本山)を参拝する!早太郎伝説で有名なお寺! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】冬の光前寺(駒ケ根市 天台宗別格本山)を参拝する!早太郎伝説で有名なお寺!


  


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 長野県下屈指の大寺であり、南信州随一の祈願霊場として広い信仰をあつめています。早太郎伝説と光苔の寺。境内のしだれ桜と庭園が有名。庭園は国の名勝に指定されております。


 【光前寺の庭園と延名水】


 「光前寺庭園」は国の名勝に指定され、静寂な環境と風致は長野県下随一と称されています。築山泉水庭で、一説には極楽浄土の庭園ともいわれています。510月は光苔が見頃。光前寺本堂の脇に、裏山の清水が引かれ、冷水に命も延びるようだという思いから延名水と呼ばれています。


 【光前寺の早太郎伝説】


 今より700年程も昔、光前寺に早太郎というたいへん強い山犬が飼われておりました。


その頃、遠州府中(静岡県磐田市)見付天神社では田畑が荒らされないようにと、毎年祭りの日に白羽の矢の立てられた家の娘を、生け贄として神様に捧げる人身御供という悲しい習わしがありました。ある年、村を通りかかった旅の僧である一実坊弁存(いちじつぼうべんぞん)は、神様がそんな悪いことをする筈がないと、その正体を見届けることにしました。祭りの夜に様子を覗っていると、大きな怪物が現れ『今宵、この場に居るまいな。早太郎は居るまいな。信州信濃の早太郎。早太郎には知られるな』等と言いながら、娘を攫っていきました。


 弁存はすぐさま信州へ向かい・・・・・・・・・・・・・


 


つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/10232


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信州駒ケ根ガイド


http://www.kankou-komagane.com/spot/inspection2.php?id=1&c_id=1&


霊犬 早太郎伝説


http://www.kozenji.or.jp/contents/hayatarou.html


 画像 オリジナル


一部     画像元 yjimage


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E5%85%89%E5%89%8D%E5%AF%BA%E5%BA%AD%E5%9C%92%28%E9%95%B7%E9%87%8E%29&rkf=2&ei=UTF-8&imc=&ctype=&dim=large


 


 


 


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葛飾北斎の天井画「八方睨み鳳凰図」で有名な小布施岩松院!を画像で綴る! [神社仏閣めぐり]

葛飾北斎の天井画「八方睨み鳳凰図」で有名な小布施岩松院!を画像で綴る!


冬の「曹洞宗 梅洞山 岩松院」を参拝する!


 岩松院の沿革


荻野備後守常倫が雁田の辺に20端の城塁をつくり領し岩松と称しました。


本尊仏は宝冠をいただく釈迦牟尼仏で、江戸時代初期(慶長かその直後)に作られました。


 開創は文明4年雁田城主の荻野備後守常倫公の開基で、開山は不琢玄珪禅師。本堂内大間、21畳の大きさの鳳凰図は・・・・・・・・・・・・


 


つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/10221


 


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  参考元


http://www.gansho-in.or.jp/


https://www.jalan.net/kankou/spt_20541ag2130010107/


画像元 オリジナル


一部 yjimage  https://intojapanwaraku.com/art/20160808/4959/p3


 



 


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8年ぶりに訪れた明日香の旅! 最後は元薬師寺跡を訪れる!今は礎石しか残っていないが、奈良薬師寺の前身の寺! [神社仏閣めぐり]

8年ぶりに訪れた明日香の旅! 最後は元薬師寺跡を訪れる!今は礎石しか残っていないが、奈良薬師寺の前身の寺!


 


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以前勤めていた会社で、2年半京滋市場(京都・滋賀市場。全国でも唯一1支店で2県(府と県を担当していた)を担当した。単身で赴任したので、土日、祝祭日の殆どは、神社仏閣名所旧跡巡りを楽しんだ。住んだのは、大阪府高槻だったので、京都は勿論、奈良・滋賀・兵庫・和歌山・三重などに行くには、絶好のロケーションだった。奈良には、車さえ混んでなければ1時間半くらいで東大寺くらいまでは行けた。


 個人的な感想を言わせて貰えば、観光客で賑やかな洛内より、奈良のゆったりした寺社を気儘に、参拝がてら散策する方が好きであった。例えば、弘仁寺。この寺は「上撰の旅24 奈良・大和路」という観光案内本を、「次何処へ行こうか」と見ていて、目に入った寺院であった。大体の見当をつけて車を走らせるのだが、(当時はまだカーナビなどという便利なものは無かった)、辺り1面は畑で、こんなところに果たして寺などあるのだろうかと、畦道みたいな狭い参道を歩きながら思ったものだ。


 このお寺も気に入って、何回も訪れた寺であったが、境内には誰もいない時の方が多かった。堂内に安置されている虚空菩薩像は、13歳になった子供に智恵を授ける十三参りの仏として知られるのだが、1度だけ近所にあると思われる小学校の児童が校外学習で、20余名が、ご進言を唱えながらお堂を回っていたのに出くわした時くらいだった。ご住職もおられたが、おそらく学校行事の1つとして、毎年行われているのだろう。


 さて本日は、そんな雰囲気のお寺について書いてみたいと思う。明日香には何回行ったか分からない程、よく行ったのですが、飛鳥寺は、明日香村の往き帰りに、その前を通っていたのですが、それだけに何時でも参拝できるという意識があって、結局京都在任中行きそびれてしまった。それで8年後に改めて出直したことは以前書きました。


 その続きになるのですが、飛鳥寺の後は、板蓋宮跡飛鳥坐神社大伴夫人の墓大原の里飛鳥東垣内跡地東通寺飛鳥水落遺跡雷丘善行寺藤原宮跡木殿神社と回りました。例によって、全く予定などを立てずに、場当たりで回ったのですが、何とか格好がついたのも、それだけ明日香には見るべきものが数多くあるという事なのでしょう。今回はレンターサイクルを利用したのですが、夕時になったので、借りた駅を目指して走り出したところ・・・・・・・・・・・


 つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/10199


 


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参考・引用


かしはら探訪ナビ


http://www.city.kashihara.nara.jp/kankou/own_kankou/kankou/spot/motoyakushiji.html


画像 オリジナル・1部引用


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E5%85%83%E8%96%AC%E5%B8%AB%E5%AF%BA%E8%B7%A1&rkf=2&ei=UTF-8&imc=&ctype=&dim=large


 


 


 


 


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飛鳥寺は京都赴任中終ぞ拝観出来ず!態々出直した寺!待望の大仏にやっと対面できた! [神社仏閣めぐり]

 

飛鳥寺は京都赴任中終ぞ拝観出来ず!態々出直した寺!待望の大仏にやっと対面できた!


 


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 小生は1999年京都支店勤務の辞令を受け2年半京都に居ました。単身赴任でしたので、土・日、祝祭日の殆どは、神社仏閣名所旧跡巡りに費やしました。おかげで「普段着の京都」を堪能しました。


 住居は大阪府高槻市だったので、京都のみならず、奈良、滋賀、大阪、神戸方面にも行きました。中でも明日香はお気に入りで、何回行ったか、覚えていない程行きました。明日香へは、169号☞15号☞124号から飛鳥坐神社を抜け、酒船石に通じる道を使っていたので、往き帰り飛鳥寺の前を通っていました。そんな訳で、飛鳥寺は「何時でも行けるから、今日はいいわ」という「邪念(!?)」が出て、終ぞ在勤中は参拝できずに転勤となってしまいました。その無念さは結構尾を引き、「何としても、飛鳥寺へ行くぞ!」と思っていました!


 京都を離れ、その後2か所ほど転勤で住所を変え、2008338年勤務した会社を定年退職しました。そして同年11月、所用で大阪に行く機会があり、1日早く出発し、京都に


出ました。その足で近鉄に乗り、橿原神宮に向かいました。参拝後レンターサイクルを利用し、これも赴任中行けなかった「益田の岩船」を制覇(!?)☞飛鳥香駅に出て、橘寺・川原寺跡・恵比寿神社などを参拝後、遂に待望の飛鳥寺に着いた。


 飛鳥寺は奈良県明日香村にある小さなお寺です。新西国第9番、聖徳太子第11番霊場。


今でこそ小さなお寺ですが、飛鳥時代は日本最初の本格的寺院であり、塔や回廊,3つの金堂,講堂を備え、広大な境内を持つ大寺でした。今では飛鳥寺(安居院)という名前ですが、当時は元興寺や法興寺といいました。


 大化の改新で蘇我氏が滅ぼされた後も、飛鳥寺は崇敬され、天武天皇の時代には私寺であるが、官寺と同様の・・・・・・・・・・・・


 


つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/10106


 


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 参考・引用元 思い出の日本を思う寺社めぐり


http://japantemple.com/2015/08/13/post-480/


画像元 yjimage


 


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E9%A3%9B%E9%B3%A5%E5%AF%BA&rkf=2&gdr=1&ei=UTF-8&imc=&ctype=&dim=large


 


 


 


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【神社仏閣巡り】 天台宗別格本山 北向観音 善光寺を参っても、両方参拝しないと「片参り」と言われ満願成就はお預けとなる宿命!? [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】 天台宗別格本山 北向観音 善光寺を参っても、両方参拝しないと「片参り」と言われ満願成就はお預けとなる宿命!?



 



  信州上田「塩田平(別所)一帯」は、信州の鎌倉とも言われる地である。同時に温泉でも知られる。厄除観音として知られる「北向観音堂」は、平安時代初期の天長2年(825年)比叡山延暦寺座主慈覚大師円仁により開創された霊場として有名である。



  北向観音は近隣にある天台宗常楽寺が本坊であり、その伽藍の一部として同寺が所有・管理している。



 寺伝によれば、平安時代初期の天長2年(825年)円仁(慈覚大師)によって開創。800年代にも火災の伝説が残る。安和2年(969年)平維茂によって大伽藍として大改修が行われたが、木曽義仲の兵火により焼失したのち、源頼朝により再興。鎌倉時代の建長4年(1252年)には北条国時(塩田陸奥守、塩田国時)によって再建されたと伝えられる。



 江戸時代に至って正徳3年(1713年)に焼失し、8年後の享保6年(1721年)に現在の堂が再建された。その後度々修復を加え、昭和36年に増改築を施し、善光寺の本堂と同じ「撞木造り」となった。



 北向観音という名称は堂が北向きに建つことに由来する。これは「北斗七星が世界の依怙(よりどころ)となるように我も又一切衆生のために常に依怙となって済度をなさん」という観音の誓願によるものといわれている。 また、善光寺が来世の利益、北向観音が現世の利益をもたらすということで善光寺のみの参拝では・・・・・・・・・・



 



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参考 北向き観音HP



http://www.kitamuki-kannon.com/



ウイキペディア



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%90%91%E8%A6%B3%E9%9F%B3



 画像元 Original



 



 


 

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川口豊城稲荷神社(岩手県岩手町)秋の例大祭見物記!まつりきちがいの小生は1日密着取材(!?)敢行する! [神社仏閣めぐり]

川口豊城稲荷神社(岩手県岩手町)秋の例大祭見物記!まつりきちがいの小生は1日密着取材(!?)敢行する!


 


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東北は1年を通じて祭りが多いところである。特に8月の夏まつりは、1日の盛岡の「さんさ踊り」を皮切りに、東北の何処かで祭りは行われている。八戸の「三社まつり」青森市の「ねぶたまつり」秋田の「竿灯」などなど。ねぶたは、何も青森市だけの専売特許ではなく、青森県内では、実に二十数か所で、ねぶたという祭は行われている。中でも、五所川原市の立佞武多は、縦に長い佞武多で異彩を放っている。初めてこの立佞武多を見た時は、小生はぶったまげたなんてもんじゃない。驚嘆した。他のねぶたは横に長い形式だが、この佞武多は、縦に長いのである。駅は平屋であるが、その先に5.6階建てのビルと見紛う建物があり、そこに立佞武多2基が収納されているのである。立佞武多が通る道路は電柱がない。


 さて今回は、岩手県岩手町の、川口豊城稲荷神社の祭りについて書きます。


 東北の祭りは、長い冬を耐え抜いて、待ちに待った祭りでエネルギーが爆発する! 自分たちの祭りという意識が高く、例え雨が降ったって止めることはない! 秋田の「大曲の花火大会は、全国屈指の花火大会(正確には花火師競技大会である)であるが、私は東北赴任中に3回見物に行きましたが、そのうちの1回は、とても花火大会が出来そうもない雨降りでしたが、中止とせず決行されました。見物客も、例年と変わりなく、会場の河原は例年と変わりありませんでした。帰りに新幹線に乗って帰ろうとして、尻のpocketから財布を出して、札を出したところ、札がびっしょり濡れていました! それ程の雨でしたが、最後まで中止しませんでした。


 またまた脱線しましたが、川口豊城稲荷神社の祭りも例外ではありません。


東北の地方紙は、祭りの最盛期には、新聞なのか、祭りのパンフなのか分からん新聞を出します。極端に言えば、前頁まつりの案内=パンフみたいな新聞もあります。そんな新聞を見ていて、川口豊城稲荷神社の祭りを知りました。岩手町はこの時初めて行くことになったのですが、盛岡からそんなに遠くないし、単身赴任の時間潰し(!?)くらいな軽い気持ちで行ったのであります。


 朝早く盛岡を出発し、8時半ころ、岩手町に着いたのですが、駅前では祭りの準備が進んでいて、退屈することはありませんでした。


 初日は、三台の山車を始め、子供達のお囃子や太鼓の音が町内に響き渡り、岩手町民の元気な掛け声とともに・・・・・・・・・・


 


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記事・画像 引用・参考元 岩手町商工会HP


http://iwatemachishokokai.com/?post_type=festival&p=847


画像元 original


 


 


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「初詣客、3割減覚悟」=搔き入れ時に参道商店主ら悲鳴!―惨事の影響深刻・富岡八幡宮! [神社仏閣めぐり]

「初詣客、3割減覚悟」=搔き入れ時に参道商店主ら悲鳴!―惨事の影響深刻・富岡八幡宮!


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私は上京すると、よく深川不動尊と隣にある「富岡八幡宮」に参拝をしておりました。それだけに、今回の「惨事」については、ショックを受けました。そりゃあ!今回は「2年参り」は他に行こうという人は増えるわなあ! 「なんちゅう事くれたんか」と、参道商店街の店主は思うわなあ!


 


 東京都江東区の富岡八幡宮で宮司の富岡長子さん(58)らが殺傷された事件は17日で発生から10日がたった。 正月には例年約20万人の初詣客が訪れるが、事件の影響で来年は大幅な減少が予想される。予定された会食や結婚式のキャンセルも出始めている。「売り上げが3割は減るだろう」。地元商店街の店主らは書き入れ時を前にした惨事に、悲鳴を上げている。


  富岡八幡宮は1627(寛永4)年創建。緑豊かな広い境内で、「深川の八幡様」と近隣住民から親しまれている。初詣は都内有数の人出を誇り、8月には江戸三大祭りに数えられる「深川八幡祭り」がある。結婚式の会場や七五三の参拝先としても人気だ。


  地元商店街の70代の男性店主によると、大みそかの夜は地下鉄の駅(地下鉄東西線および地下鉄大江戸線の門前仲町駅)出口から参道まで・・・・・・・・・・・・


 


【神社仏閣巡り】深川不動尊(成田山東京別院)都内最強スポット!迫力のある「お護摩修行」


  http://mahoroba19.com/archives/7253   ☜ clickしてみて下さい!


【神社仏閣巡り】深川不動尊(成田山東京別院)都内最強スポット!迫力のある「お護摩修行」


 http://mahoroba19.com/archives/7219


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  深川不動堂の「護摩修行」は、平日は、9時から、2時間おきに、15回行われておりますが、この2年参りには、更に19時からの特別護摩修行が加わり、6回行われます。


  都内最強パワースポットと言われております。私が幾多の「護摩修行」に参拝を致しましたが、この深川不動堂の修業は、他を圧倒する大迫力です。流石は都内最強の「パワースポット」と言われる丈の事はあると思います!


  私のブログには、富岡八幡宮、深川不動堂の記事もありますので、URLを張り付けておきますので、御笑覧ください。


記事・画像 引用・参考元 Yahoo News <時事通信>


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171218-00000008-jij-soci


 (大判2枚はOriginal)


画像元 yjimage 


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E5%AF%8C%E5%B2%A1%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE%E5%8F%82%E6%8B%9D%E5%AE%A2%E6%B8%9B&rkf=2&ei=UTF-8&imc=&ctype=&dim=large


 


 


 


 


 


 


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柳島山勝善寺の秋の風景! 境内の大欅は黄色に! 数は少ないが鮮やかな紅葉も! [神社仏閣めぐり]

柳島山勝善寺の秋の風景! 境内の大欅は黄色に! 数は少ないが鮮やかな紅葉も!


 


 須坂市本上町にある柳島山勝善寺<リュウトウザン ショウゼンジ>は、正治元年(1199)に長野市柳原中俣に明空<ミョウクウ>によって創建されました。信濃源氏系武士の井上頼重<イノウエヨリシゲ>が、比叡山で出家し明空となったのです。明空は、下総国磯部<シモウサノクニイソベ>において親鸞聖人の直弟子となった人物である。勝善寺はこの所謂下総国磯部6ヶ寺のうちの1つとされ、下総国から、信州・越後に移って来たと言われるが、坂田にある普願寺と共に、実に須坂に2寺存在するのである。(勝善寺から56km離れた長野市長沼には、西厳寺があり、この寺も下総国磯部6ヶ寺の1つである)


 明空によって創建され、十代住職以降は東本願寺派の名高い寺とされ、今でも全国の真宗大谷派寺院の中でも8ヶ寺に数えられる程の格式を持っています。勝善寺は、創建地の長野市柳原より須坂市の八町に移り、元和9年(1623)に須坂藩主の招きによって現在地に移転しました。


 第16代住職の大明院真兼(小沢左膳)は、享保20(1735)に勝善寺14代住職海秀の4女のもとに婿にきました。真兼の母は、水戸光圀の曽孫にあたることから、それ以降勝善寺の寺紋は「水戸葵」となっています。今も本殿の棟に、水戸葵の紋をみることができます。


 その他、第17代住職乗兼の夫人は、平安時代の藤原定家から続く歌道の名家、京都今出川冷泉<レイゼイ>中納言為泰<タメヤス>の息女。そして、最後の須坂藩主、堀直明の息女も勝善寺に嫁いでいます。


 過去を遡ると現在の住職は源家と水戸徳川家と冷泉家と堀家の血を引いていることになる。凄い家(寺!?)柄ですね。


  小生の生家は、この勝善寺正門の直ぐ傍にあり、この寺の境内に入り込み、近所のガタク坊主らと、遊び惚けていたのである。この寺は怖ろしく・・・・・・・・・・・・・


  


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引用・参考元 須坂市の歴史、見所紹介MAP 「須坂探検マップ」


http://www.suzakamap.com/tanken/page.php?_id=49


画像元 Original


 


 


 


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墨坂神社 須坂には墨坂神社が2社存在する! 奈良県宇陀市の「墨坂神社」より、墨坂大神を分祠!その関係に興味しんしん!? [神社仏閣めぐり]

 墨坂神社 須坂には墨坂神社が2社存在する! 奈良県宇陀市の「墨坂神社」より、墨坂大神を分祠!その関係に興味しんしん!?



須坂市には墨坂神社と称すお宮が2社あります。ものの本によると、奈良県宇陀市榛原萩原字天野に墨坂神社が存在し、須坂墨坂2社のご本社だと言われる。天皇軍東征のみぎり、大和菟田の高倉山から国見をすると、賊軍が天皇軍を防ごうと墨坂に”いこり炭”(山焼きの意味)をもって防戦したため、菟田野川の水をもっていこり炭を消火し、敵の不意を打って勝利した。墨坂の名はこの故事にちなむと、その名の由来が記されています。その墨坂社のご分社が、しかも2社が、須坂にあるのは、どういうご縁なのか前々から興味を持っていた。一説によると、墨坂大神を祀る社は3社のみという説もあり、そうだとすると一層の興味を持たざるを得ない。「何故須坂だったのか!? それも2社あるのか」と。


 さて本日この墨坂八幡社の脇道を走っていたら、神社の杜に中に、黄色い帽子を被った園児の元気の良い、声や、姿が見えたので寄ってみた。境内には、30名くらいの園児がおり、元気に飛び回っていた。小生の姿を見て、元気に挨拶をくれた。また撮影をしていると、カメラの真正面に来て、ポーズをとったり、飛び跳ねたり、実に元気が良い!子供は斯くあるべきである! 小さい頃から、近所の神社仏閣に来て、神仏に親しむということは実に良いことだ。


 ここで墨坂神社について一寸言及してみようと思う。


『延喜式神名帳』にある「墨坂神社 (信濃国・高井郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では県社。旧大字小山八幡の地。創建年代は不詳。一説に、飛鳥時代の白鳳2年(674年)という説あり。


 住古、大和部族移住に際し・・・・・・・・・・


 

つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/8190



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記事引用・参照 参照神社と古事記



墨坂神社(宇陀)HP


玄松氏の記憶


画像・動画元 Original



 



 


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【神社仏閣巡り】杉木立に囲まれた古代以来の荘厳な雰囲気漂う真山神社を参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】杉木立に囲まれた古代以来の荘厳な雰囲気漂う真山神社を参拝する!


  


 真山千体堂の1万3千体の地蔵菩薩を参拝し、男鹿半島最突端の入道崎に向かうべく車を走らせようとしたら、もうちょっと奥の方に、真山神社があることを知る。尚も車を走らせる。鬱蒼とした鎮守の森の中に真山神社はあった。 


 【真山神社(しんざんじんじゃ)】


 秋田県男鹿市北浦真山水喰沢


 12代景行天皇の時代に武内宿禰が使命達成、国土安泰、武運長久を祈願して主祭神を祀ったとされ、明治以降は旧県社に列格されている。


 【神域「お山(真山・本山)」に祀られる神々の社】


 男鹿北部に位置する真山は、南部の本山や東部の寒風山と同様に、古くから山岳信仰の霊場として、時の支配者の庇護を受けながら栄えてきた。


その繁栄ぶりを今に・・・・・・・・・・・・・


  


  つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/8044


 


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  参考 Yahho ロコ


https://loco.yahoo.co.jp/place/g-LGHxsDpyERM/?utm_source=dd_spot&sc_e=sydd_spot_ttl


男鹿ナビ


https://www.oganavi.com/spot/38.php


 画像元 Original


 


 


 


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万体仏!お堂の壁から屋根裏まで木彫りの仏様がびっしり1万3千体の仏様一体一体に思いが込められている! 霊気が漂うお堂! [神社仏閣めぐり]

万体仏!お堂の壁から屋根裏まで木彫りの仏様がびっしり13千体の仏様一体一体に思いが込められている! 霊気が漂うお堂!


 


  八郎潟から男鹿半島突端「入道崎」に向かう。59号線を走る。例によって、当てもなく走っていたのであるが、「日枝神社」の案内板が目に入ったので、左方向に入る。参拝後59号線に戻ろうと思ったら、西方向に「真山神社」があることが分かり、行ってみることにした。


 男鹿半島の内陸を走る「なまはげロード」から、真山神社(しんざんじんじゃ)方面へ600メートルほど進んだ左手のちょっと高くなったところに小さなお堂があった。真山の万体仏と呼ばれるお堂で、明るい外から堂内をのぞくと、何もない単なる小さな祠にしか見えません。


 三間四面の堂舎の入り口と床面を除く、四方の壁から屋根裏一面に・・・・・・・・


 


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参照[男鹿市公認]秋田県男鹿の観光ガイド 男鹿ナビ


https://www.oganavi.com/spot/45.php


画像元 Original


 


 


 


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出張明け、帰路、急ぐ旅(!?)でもなかったので、いろいろ寄ってみた!曽原館・六地蔵など! [神社仏閣めぐり]

出張明け、帰路、急ぐ旅(!?)でもなかったので、いろいろ寄ってみた!曽原館・六地蔵など!


 学生のころ、曽原高原に一軒だけあった、「曽原館」という旅館で、サークルの合宿をしたのだが、本日は、出張の帰路だったので、思い出して行ってみることにした。実に50余年振りだ。と言っても、先方にしてみれば、数ある客の、しかも50余り前の話だから覚えている訳はない! ある意味迷惑な話しだと思う。(しかも朝の8時前だから一層迷惑!)


  道は一本道で、林の中を登って行った。右側に池があったのは記憶通り。その先に建物があったのだが、以前とは変わっていた。その奥の右側に「曽原館」と看板が上がった建物があった。


  お寄りした次第を話したら、「おかあさん呼んで来るわ!」といって奥に入っていった。暫くすると、「おかあさん」が出てきて、挨拶をしたが、私自身が顔など全然記憶になかったから、さぞかし「おかあさん」も面食らった事だろう!「あの頃は、結構学生さんが、一杯来て貰って、忙しかった」と言っておられた。お忙しいだろうから、程々で切り上げ曽原館を後にした。「これ持っていて下されや!」といって、野菜などを戴いた。


  さて山を下って、八ヶ岳高原線(旧小淵沢線)の線路に沿って、佐久市方向に向かって走った。入沢というところを走っていたら、人家の前に、道路に沿って・・・・・・・・・


  


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  JA佐久浅間  HP


http://www.ja-sakuasama.iijan.or.jp/welcomenews/monthly/play/2014/03/10:38:44.php


画像元 Original


 


 


 



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【神社仏閣巡り】国指定名勝の「国見山玉川寺(ぎょくせんじ)」を参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】国指定名勝の「国見山玉川寺(ぎょくせんじ)」を参拝する!


  出羽三山合祀神社を参拝し、長い修験道の道を下り、漸く鳥居まで戻った。もう日も大分落ち、あまり遠くまではいけないなと思い、本日の宿でも探すかと思い、47号線を、取り敢えず鶴岡市街地に向かって車を走らせた。暫く走ると「庭園の玉川寺」という案内板が目に入った。今日の神社仏閣巡りはもう終わりと思っていたので、「ラッキー!」と思い、ハンドルを左に切った。しかし何時もの通りの、行き先を決めない「気儘なぶらり一人旅」である。


 暫く走ると、緑の濃い一角が目に入った。杉の並木の参道を歩み山門を抜けた。流石名勝と言われる立派な庭園だった。ゆっくりと庭園を歩いた。高いところに出て、下を見たら、縁側にご住職が出ておられ、清掃をしていたおばちゃん達を労われておられた。下に降り、本堂に入り、聖観世音菩薩を・・・・・・・・・・・・・


  


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国見山玉川寺(ぎょくせんじ)HP


参照 http://www.gyokusenji.or.jp/gaiyo/


画像 Original


一部 yjimage http://www.gyokusenji.or.jp/gaiyo/


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E7%8E%89%E5%B7%9D%E5%AF%BA%E5%BA%AD%E5%9C%92&rkf=2&ei=UTF-8&imt=&ctype=&imcolor=&dim=large


 


 


 


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