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野辺町の個人宅の庭に咲く桜 何と贅沢な! [桜紀行]

 廣正寺のエドヒガン桜をみて、光以寺に向かう途中に、庭先に、桜が咲いている個人のお宅があった。綺麗に咲いていたので、遠目から、撮影させて貰った。

 いま春の遅い北信州でも、いよいよ桜が咲き始め、お花見と洒落込んでいるが、自分の家の庭先に、満開の桜があり、満喫できるとは、最高の贅沢ですね!


      野辺町の個人宅の庭に咲く桜 何と贅沢な!
      https://youtu.be/PuMVmTWhlXo

廣正寺の枝垂れ桜 今年もまた華やかに咲き誇る! [桜紀行]

 本日は天候は晴れ、暖かい1日になるとの予報に反して、全天曇り、肌寒い朝になってしまいました。それでも雨は降っていなかったため車を走らせました。咲き加減が気になりましたが、どうやら7.8分咲で、無事撮影が出来ました。

 この廣正寺の櫻は、エドヒガン桜(=アズマヒガン桜)で、須坂市内でも、豊丘の延命地蔵堂の桜とここにしかない櫻です。今年も堂々と咲いています。こじんまりとしたお寺ですが、境内にはいろいろな花が咲いており、石像もそこかしこに散在し、親しみのあるお寺です。

 廣正寺(こうしょうじ)は須坂市の南部に位置する野辺町にあります。
慶長年間(1596~1614)に下八町の大廣院開基大峡但馬守廣綱の次男である大峡兵左衛門廣正が創立し、父の分骨を収めて石碑を建てたとされている。創立当初は真言宗の寺でした。その後寛文12年(1672)に清和源氏の系統で小笠原長清を元祖とし、一時信濃国守でもあった小笠原氏一族の小笠原貞朝の次男で古里駒沢城主となって駒沢姓を名乗った貞季の子孫某が、大廣院五世暾補和尚の法弟となり、暾補和尚によって廣正寺(こうしょうじ)を曹洞宗の寺として開山し、山号を幽篁山(ゆうこうさん)としました。貞季は眞叟寺・如法寺などの開基でもあり、貞季の金箔の大きな位牌が法堂の位牌堂の奥に祀られています。(野辺町区誌より)昭和48年には火災で法堂を焼失してしまったが、49年には再建しました。

    廣正寺の枝垂れ桜 今年もまた華やかに咲き誇る!
    https://youtu.be/7WVD1b5EuzA

    廣正寺 エドヒガン櫻 今年も艶やかに咲く!
    https://youtu.be/zoQYOok0CeM

森上小学校の校庭桜 鳥飛び交う! [桜紀行]

 信州須坂はやっと桜が開花し、2・3分咲きとなってきたのに、昨日は朝から雨で、結構寒い日でした。流石の出好きの小生も、外へは出ず、家の中で過ごしていました。夕方外を見たら、雨はほんの少しの降りで、太陽もわずかながらも顔を出していましたので、極く近所の桜の様子を見に行きました。

 折角出てきたので、撮影もしましたが、夕方、雨こそ小降り乍ら雲多し、3分咲きで、画面も暗く、難有りの動画となってしまった!

 森上小学校の校庭の桜です。どこの学校もそうだと思いますが、校庭や、通学路に桜を植えてあり、入学式に色を添えています。

 山形置賜地区[=山形県南部域]には、桜回廊と言って、3・4市区町村に亙り、40箇所程の桜の名所が集中しているところがあります。その中に山口奨学桜というのがあり、変わった名前が付いていたので、どういう桜なんだろうと行ってみたことがあります。

 それは西置賜郡白鷹町山口の山口尋常小学校の跡地に立つソメイヨシノで、「山口奨学桜」と命名されている。明治37年に奨学田のあったこの地に山口学校が移転し、明治44年、奨学田碑を建立した際に記念植樹したものであるが、数はあまりなかったと記憶するが、立派な桜でした。今は廃校になっていますが、それだけに桜の美しさ、健気さが際立っていました。

 昨日森上小学校の校庭桜を見て、置賜の「山口奨学桜」を思い出しました。

 やはり桜は晴れの日に、色鮮やかに撮影するに限りますね。天気予報によると、週末は何とか晴れるようですので、あちこち回って桜を撮ってこようと思っています。

        森上小学校の校庭桜 鳥飛び交う!
        https://youtu.be/vgZhGeoTssQ

坂田山 共生の森 咲き始めたあんずの花を堪能する! [桜紀行]

 坂田山 共生の森 咲き始めたあんずの花を堪能する!

  坂田山の中腹に四阿屋があって、共生の森の中の憩いの場になっている。昨日天気が良かったので、桜がどの程度の咲き加減か外に出てみた。旧上高井郡役場は3分咲き、須坂小学校・常盤中学校校庭は、咲き始めだった。鎌田山を回り込んで裏側に行ってみた。鎌田山の吉向焼窒跡から尾根筋に出る山道に桜並木があるのですがここも未だ蕾状態だった。

   坂田山 共生の森 咲き始めたあんずの花を堪能する!
   https://youtu.be/gi0eAWTuSc0


 目を転じて、坂田山山麓の共生の森辺りに、どうやら桜ではないらしいが、ピンクの樹木が見えたので行ってみることにした。まあ見当を付けて車を走らせた訳だが、四阿屋の下方の駐車場に出ることができた。池などもあり、土筆や、ネコヤナギなども見ることが出来た。小道があり、それに沿って、ピンクの木々を見て回った。未だ咲き始めで、桜などは咲いていなかったが、長閑な1時を過ごすことが出来た。

        

旧上高井郡役場と構内の桜 未だ3分咲き! https://youtu.be/dKlAZhQ84F8 [桜紀行]

 平年に比べて10日ほど早く開花宣言された桜が気になって、「旧上高井郡役場」や、坂田山共生の森、普願寺に行ってきました。最初に行ったのは、旧上高井郡役所。上高井郡の行政の中心的な役割を果たし、その後数々の変遷を経て、現在市民の交流と各種歴史資料の収集、展示を行い親しまれている施設です。

 この施設は須坂市常盤町にありますが、この常磐町には、須坂藩主堀家の館がおかれ、明治時代以降も官庁の建物が多く建てられ行政の中心的なところでした。上高井郡役所は明治23年(1890)の「府県制・郡制 」の公布に伴い正式に開庁した役所です。その後、大正6年に須坂町が土地を提供し、長野県が建築設計の元、この建物が建てられ、大正15年(1926年)まで上高井郡役所として使用されました。その後「上高井郡連合事務所」「長野県経済部出張所」、昭和17年(1942年)からは「上高井地方事務所」となりました。長野地方事務所に統合になってからは須坂保健所として利用されましたが、保健所が、県立須坂病院の傍に移転されたのを機会に平成18年(2006年)須坂市に譲渡されました。

 建物は木造2階建て、寄棟造り、瓦葺。上げ下げ窓を持つ洋風建築で、薄緑色に塗られた外壁はドイツ下見という板張りの工法。正面玄関車寄せ上にはテラスを備え、その上部には切妻破風(ペジメント)が見られるなどバロック様式の特徴を色濃く伝えています。

 現在は「須坂市旧上高井郡役所」として、市民の交流と各種歴史資料の収集、展示を行う施設として使用されています。館内には映写技師として仕事をされ、須坂市の住民だった小林創氏[故人]が、ポスターパンフレットをはじめ、スチール写真、各種映画に関わるさまざまなグッズを須坂市に寄付し、その品々を展示している「映画コレクションコーナー」もある。この小林氏は、学校や、寺(境内に野外スクリーンを設置して)などに、やって来て、映画を上映し、我々にいろいろな映画を見せてくれた人です。

 建設当時は県内にも同様な役場がいくつも建てられましたが、今ではこの須坂市にある建物だけとなってしまいました。須坂市は、「大正6年の建築以来100年近く使用された建物」を耐震補強、修復し、市内に残る貴重な文化遺産として後世に残しました。須坂市で最も古い公官庁の建物です。

 肝心の桜ですが、玄関先にある桜は、つぼみが膨らんだ程度、南側にある桜は、気温が高いこともあってか、3分咲き程度でした。一寸撮影には早すぎたようです。いよいよ須坂の桜も満開が近くなっていますが、本日は朝から雨が降っており、少々寒いので心配です!

         旧上高井郡役場と構内の桜 未だ3分咲き!
         https://youtu.be/dKlAZhQ84F8

国定忠治も通った旧三原街道の難所だった観音崎の櫻と、「観音崎の守り神」だった大日如来! [桜紀行]

 延命地蔵堂のエドヒガン桜、弁天さんの枝垂れ桜を堪能し、須坂市内に戻る途中、観音崎というところに差し掛かったら、桜のトンネルがあったので車を停め、暫く桜を眺めるため歩いてみました。ここは。灰野川(はいのがわ)と、奈良川(なろうがわ)が、丁度合流する地点にあたり、旧三原道の難所中の難所だったところです。

 この三原道の豊丘には、大日如来道標[須坂市指定有形文化財=台石を含めた高さは277cm]があり、その「大日如来」と書かれた文字の左右には、小さく「右 上州みはら道(三原道)」「左 やまみち」と刻まれています。 

 三原道は、北国街道の脇街道であり、大笹街道の“ぬけ道”でした。[その為かの有名な国定忠治親分もこの抜け道を何度も通り、北信地区はおろか、遠く新潟や富山まで足を延ばしたそうです!] 市内南原町から豊丘町-三原峠-上州干俣(現群馬県吾妻郡嬬恋村)を通るこの道は、江戸時代中期ごろに整備されました。須坂-高崎間の距離が他の街道より短く関所・宿場がないため、費用も抑えられることから、盛んに利用されました。このため、他の街道にある各宿場は、利用者が減少したので、元治元(1864)年に須坂藩は「三原道の封鎖願い」を出されたこともあったそうです。にも関わらず、その後も交通は盛んでした。←便利なことには勝てぬ!

 急で険しい三原道は、牛によって塩や海産物、米などの荷駄が運ばれました。道筋には、旅の無事を願い、牛の守護神である大日如来が多く祀られています。その一つが、最難所だったここ観音崎で、それを守るために、大日如来堂(実際は洞)、馬頭観音、お地蔵さんが祀られました。

 明治維新があった慶応4(1868)年に先ほどの大日如来道標が建てられ、三原道も表街道以上の人や馬の往来をみましたが、やがて岡蒸気が敷設されるようになると、通行する商荷が激減し、その役目を終えていきました。


    桜 「灰野川と奈良川が合流する旧三原街道の難所」だった観音崎の櫻
    https://youtu.be/hjImatbOdnE

    大日如来 旧三原街道の難所だった観音崎を守ってきた馬頭観音・大日如来・地蔵尊
    https://youtu.be/dMbdKwmwMOM

    桜 観音堂 大日向の夫婦桜と国定忠治も通った三原街道  信州「蔵の町須坂」
    https://youtu.be/2yBml-RX3JI

高山村桜回廊 赤和観音堂の傾いた(!?)枝垂れ桜 [桜紀行]

 桜のご案内! 信州高山村桜回廊 赤和観音堂の傾いた(!?)枝垂れ桜の巻!

 この桜は高山村5大櫻に数えられている。赤和観音のしだれ桜と呼ばれている。 この桜は山中の観音堂の登り口に立つ、樹齢約200 年の立派な桜です。少し傾いています。 背後には400年の歴史のある赤和観音堂が あります。櫻は丁度山の登り口にあり観音堂までは行くには結構な坂を20分程の登らなければなりません。

 以前お堂を目指して登ってみたのですが、普段運動しない身にとっては、少々堪えました。お堂の裏手には、人の手で作られたとしか見えないような、かなり縦に長い大きな石柱群があり、それはそれは、不思議な光景でした。

 長野市松代に、扇状地の真ん中に円錐台の形をした単体の山=皆神山[というか丘]があります。この山は不思議な山で、ピラミッドではないかと言われている山です。この山と相対して、奇妙山には、この赤和観音の裏手の石柱群みたいなのがあり、皆神山のパワーを受け取り増幅しているのではないかという説もあるとのことです。赤和観音堂の枝垂れ桜がとんでもない方向に行ってしまいましたが、そんなことを彷彿させる風景でした。

 さてそんな赤和観音堂の参道を守るように聳える枝垂れ桜でした。

    桜 赤和観音堂 枝垂れ櫻 信州高山村櫻回廊 神社仏閣名所旧跡巡り
    https://youtu.be/-fnFV6bb-XI

    桜 赤和観音堂の枝垂れ桜-01 神社仏閣名所旧跡巡り 信州高山村櫻回廊
    https://youtu.be/DnvXqqCqE7c

    ※ 昨日長野市の標準木の開花宣言が出されました! 平年よりも1週間も早いとのことです。
      したがって以上の2動画は昨年撮影されたものです。

信州高山の桜回廊 子供を抱いたお地蔵さまが見守る中塩の枝垂れ桜!  [桜紀行]

 信州高山村桜回廊、子供を抱いたお地蔵さまが見守る中塩の枝垂れ桜!をご紹介いたします。

 高山村には、20本程の枝垂れ桜が村内に点在していますが、 「高山村の五大桜」のひとつとして数えられ、その中でも最も早く満開になる桜と言われています。樹高10m、樹齢150年、高山では若い方の桜です。

 最初この桜を見たときは、集落の道筋に、何気なく咲いていたので、(阿弥陀堂が民家に見えたので)、このような立派な桜が庭先にあるなんて、何んと贅沢な家なんだと思っていました。[如何にも空家風だったが]この度改めて記事を書くに及んで、調べたら、阿弥陀堂と出ていたので、初めて民家ではないと知りました。まあ如何にも行き当たりばったりないい加減な桜紀行と思った次第です!
 
 そんな訳で、阿弥陀堂の境内というよりは、庭先というか道端に立つ枝垂れ桜という印象です。桜の木の傘の下には、子供を抱いたお地蔵さんが安置されています。数多く神社仏閣を参拝してきましたが、この様なお地蔵さんは珍しいのではないかと思います。

 桜は枝張りはほどよくまとまっていて、赤みが 濃い花を咲かせる。阿弥陀堂の境内(というより庭先といった方がふさわしい)に佇み、頭上から降り注ぐように咲き誇る姿は、散りゆく花びらと相俟ってまさに幻想的な枝垂れ桜である。。

      桜 和美[なごみ]の枝垂れ桜 信州高山村櫻回廊 (H27年の撮影です)
      https://youtu.be/tjkLEogecns







信州高山桜回廊 和美(なごみ)の枝垂れ桜 樹齢若く、のびのびとした美しい桜! [桜紀行]

 和美(なごみ)の枝垂れ桜は、高山村役場の傍にある桜です。周辺には会社もあり、そこの駐車場が、花見客用に臨時の駐車場を提供してくださっています。役場の近くにあるため「役場上のしだれ桜」と呼ばれていましたが、村政50周年時に記念の一環として、「和美(なごみ)の桜」と命名されました。樹齢は100年ほどと言われています。

 村内には400年ほどの樹齢の桜の多い中、若いだけあって勢いのある桜です。のびのびとして、地面につかんばかりにしだれた枝にたくさんの花を咲かせていて、風に揺れて花びらも舞い優雅な姿を見せます。期間中はライトアップもされ昼とはまた違った姿を見せています。桜の周は、大きく開けていて、何処からでも桜の撮影が出来ます。また、桜の東側は、畑になっていて、菜の花がたくさん咲き、桜を一層引き立ています。

        桜 和美[なごみ]の枝垂れ桜 信州高山村櫻回廊
        https://youtu.be/tjkLEogecns

信州高山村桜回廊 水中の枝垂れ桜!  [桜紀行]

信州高山村桜回廊 水中の枝垂れ桜

 高山村に、枝垂れ桜の銘木が数多くあるという事を知ったのは、つい4.5年前のことだ。小生は今は廃刊となってしまったが、首都圏で、週立て50万部のフリーペーパーに関係していたが、その中の記事で、高山の桜紀行と題した記事が掲載されたことが知る切っ掛けになった。私の郷里の隣の村にそんなにも有名な桜の名所があることは、それまで全然知らなかった。その時に、旅行好きの友人に、新聞を切り抜き、送ってやったら、[その時はまだ退職しておらず千葉に住んでいたので小生自身は未だ桜を見ていなかったが]、両親を連れて、泊りがけで、桜を見に行き、「いや~!立派な桜だった!」と喜んでくれた! それから1年後停年退職の身となり、故郷へ帰る機会が増え、高山の桜も見ておこうと思い出掛けたという経緯です。

 村内には、高山五大桜[水中、赤和観音、黒部、坪井、中塩の各桜]を中心に、リンゴ畑の中であったり、道路端であったりで、極日常の空間に、枝垂れ桜が点在している。いずれも樹齢が200~400年の桜であり立派な桜である。[木の下にお墓がある桜が多い]

 案内板や、パンフも備えてあり、初めて高山村を訪れた人でも、そんなに迷わずに見て回ることが出来ると思う。最初に訪れたのが水中の枝垂れ桜であった。最初パンフを見た時には、この「水中」という名前が、気になって、ひょっとしたら、水の中にでも生えている桜とも思ったが、「そんな桜聞いたこともないしなあ!?」と思いながら探してみた。(後でわかったが)水中とは、その一帯を示す地名で、単なる固有名詞だった訳で、イヤハヤ先入観念というか、早とちりはいかんですなあ!

 そんな件があったのですが、桜自体は、まことに立派な枝垂れ桜で、お見事の一語に尽きた。やはり平場よりも標高が高く、山際なこともあって、須坂市内の桜よりは10日くらいは遅く咲きます。私は満開の桜を撮ろうと思って、2・3日様子を見に通ったことがあります。朝早く行きましたが、既に100名くらいの写真愛好家が居て盛んにシャッターを切っていました。その他の桜については追って書きます。

      桜 水中の枝垂れ桜 北信五岳遠望 神社仏閣名所旧跡巡り 信州高山村櫻回廊
      https://youtu.be/fvQyETq8a4I

千曲川河原域の権現堂の桜並木 [桜紀行]

 須坂市報の投稿欄に、この千曲川河原域の権現堂の桜並木の推薦文を見つけ、そういえば千曲川の須坂寄りの東岸に、桜が帯状になったところがあったなあと思い行ってみることと相成った。その投稿の方は、いつもは車で通勤しているのだが、この桜の咲いている時期は、態々長野電鉄の電車に乗り、行き・帰り車窓より眺めているのだそうな!

 さてこちとらは、毎日が日曜日の身である。何時でも行けると思ったのが仇となってしまった。曇りの日のそれも夕方で、雨こそ降らねど、暗い感じの動画になってしまった。確かに村山橋からそんなに離れていないところにこの桜並木はあり、電車から眺めても、結構な迫力で迫ってくる。結構寒かったのだが、2種類の特急と、普通電車の上・下線を撮ろうと思って長時間粘った。[電車はラッシュアワー時に4本、時間によっては1本くらいしか来ないので撮るのに時間が掛かる] それならもっと暖かい時間帯に来ればよいのに! 

 時間も時間だったせいか、桜を愛でる人もなく、この豪華な桜を独り占め出来たのはせめてもの救いだった(!?!?!?)

       長野電鉄 櫻越しに見る上り特急湯けむり号!
       https://youtu.be/aUXntxSaYWw

       長野電鉄 櫻越しに見る下り特急モンキー号! 村山鉄橋を渡る!
       https://youtu.be/PAS1h7E3wOo

       千曲川河川敷の「満開の権現堂櫻並木」を散策す!
       https://youtu.be/5bVylltVqGg

       桜 満開 千曲川河川敷 権現堂の桜並木を往く!
       https://youtu.be/pAB_ahJInfU

       長野電鉄 千曲川鉄橋を行く上り普通電車 桜満開!
       https://youtu.be/zH8hMVcdbug

       桜 千曲川河川敷に満開の桜並木[権現堂]あり!
       https://youtu.be/MdW8m0pTz94

       長野電鉄 千曲川鉄橋を行く上り普通電車 桜満開!
       https://youtu.be/2MJX_coS_e8

       長野電鉄 櫻越しに見る長野行普通電車!村山鉄橋を通過!
       https://youtu.be/J-AvSwRUa1w

       長野電鉄 村山鉄橋を須坂に向かう普通電車!櫻舞う!
       https://youtu.be/sTL-PNe8ORE

       長野電鉄 千曲川桜並木から見る上り普通電車
       https://youtu.be/k4Bd4LuEvY0

       

長妙寺の枝垂れ桜 [桜紀行]

 長妙寺は、小生の祖母の実家の直ぐ傍の寺である。この一帯を明光寺と呼ばれる事もあったので、この寺を
明光寺というのだと不覚にも思っていた。今回参拝し、桜を見に訪れて長妙寺であることを知った。この寺は浄土真宗大谷派の寺であり、青木長門守正良により応安2年(1369)甲斐国に開山した。したがって山名を青木山と称す。応永21年(1414)井上村[現在は須坂市井上]に移転した後、慶長2年(1597)現在の豊丘の地に移った。

桜は本堂の前庭にあり、寺の建立時に植えられたものと言われ、推定樹齢400年、樹高約7.5m・樹周3.5mの銘木である。山際に位置し、裏山の緑とマッチし、桜のピンクと見事な調和を見せている。

桜は原種のしだれ桜で、境内を包み込むような枝を張った姿である。濃いピンクの花をつけ、村人に春を告げる桜として親しまれてきたという。跡継ぎのしだれ桜も数本育ち、それ自体も大きな樹として育っており、桜の季節には親子共に咲き揃い境内を賑やかに彩る。 須坂市指定天然記念物である。

      蔵の町須坂 長玅寺 里に春を告げる樹齢400年の枝垂れ桜
      https://youtu.be/5aGlZzkCxNk

      桜 長玅寺 樹齢400年の枝垂れ櫻 満開なり 蔵の町須坂豊丘
      https://youtu.be/nQQdsE2CWhg

      蔵の町須坂 長玅寺 境内は花で一杯 樹齢400年の枝垂れ櫻
      https://youtu.be/w1LosqsGmAo
      

四季を通じての市民の憩いの場!桜の名所百選指定の臥竜公園! [桜紀行]

 四季を通じて須坂市民に愛される臥竜公園の池は人工の池である。昭和6年に作られた。小生の親父も、旧制中学在学中に動員され実際に土を掘ったそうだ。公園の設計者は、明治神宮や日比谷公園、小諸懐古園などを 設計した日本初の林学博士 本多静六(1866~1952)東京帝國大学農科大学教授で、昭和6年の築造。当時は昭和初頭の世界恐慌でこの造園は製糸の町須坂の製糸工場で働いていた多くの人々の失業者対策として行われました。

 池の周りには"ソメイヨシノ"を中心に160本(周囲約800m)、公園全体で約600本の桜が咲き競います。『日本さくら名所100選』に選ばれています そのほか、アヤメ・フジ・ツツジ・アジサイなど桜の他にも有名です。龍が臥しているように見える臥竜山の美しい松は竜ヶ池に美しく映え、『日本の名松100選』にも選定されています。

 小生はこの公園から、300m離れた高校の篭球部に在籍しましたが、準備体操代わりに、毎日この臥竜山の頂上まで走らされました。そんなに高い山ではありませんが、練習の勢いが削がれるような屹さでした。[それじゃダメじゃん!]お陰で足腰が鍛えられました。

 公園内には、動物園(市営)もあり、嘗ては、日本一有名なアカカンガルー「ハッチ」がいましたが、2009年11月25日に永眠しました。マスコミにも取り上げられ、全国的にも名を知られ入場者拡大に貢献しました。「名誉園長」の称号を送っています。
現在の人気者は、カピバラやワオキツネ ザル、ベンガルトラ兄妹の臥桜(がお)と未桜(みお)、数回も臥竜池に脱走し悠々と泳ぎまわり、NHKのニュースにも取り上げられたペンギンもいます。全部で約50種230点の動物で、大きな動物園ではありませんが、ユニークな動物たちが居るため結構名が通っています。

 桜のシーズンは遠方からの来園者も多く賑わいます。そこに住んでいるものの常として、そんな大したことがないと思っているのかも知れませんが、れっきとした「日本さくら
名所100選にもなっています。その桜ですが、1週間前に行ったときは、未だ咲く兆しもありませんでしたが、本日長野市で、開花宣言が出されたという事なので、もうすぐ須坂も宣言が出されると思います。今年はやはり例年に比べて開花も早いようです。

   臥竜公園 桜の名所100選-01  神社仏閣名所旧跡巡り
   https://youtu.be/DtHGY54e3Mg

   櫻 臥竜公園 桜の名所100選-02 神社仏閣名所旧跡巡り
   https://youtu.be/kF_UA8DP3_M

   櫻 臥竜公園 桜の名所百選-03 神社仏閣名所旧跡巡り
   https://youtu.be/LgqW4MUbHVE

   櫻 臥竜公園 桜の名所百選-04 弁天島→臥竜橋
   https://youtu.be/wsesQKUcvrs

   臥竜池 市民の憩いの場 蔵の町須坂 神社仏閣名所旧跡巡り
   https://youtu.be/7RjIM2FzRJE

   ※動画は昨年撮影したものです。

弁天さんの枝垂れ桜 須坂市豊丘 標高730mの峠の入り口に咲く孤高の桜! [桜紀行]

 明覚山頂上直下を跨ぎ須坂市豊丘と高山村水中を結ぶ灰野峠がある。その峠を超えて高山村の方に出てみようと、車を走らせていたところ、その入り口に差し掛かったところに「弁天堂」という案内板があったので車を降りてみた。そこには立派な枝垂れ桜があったので暫し桜を鑑賞することにした。弁天堂は桜の手前に、奈良山(なろうやま)山系の小さな湧水池があり、池に突き出した島の上に石で造られた祠があり弁天様が祀られていた。

 この桜は、樹齢250年、濃いピンク色の枝垂れ桜である。結構名の知れている桜のようで、偶々話をした相手は、神奈川県の藤沢から来たとのことだった。ここまで来る間に、廣正寺のエドヒガン桜、臥竜公園の桜、大日向の観音堂夫婦桜、長妙寺の枝垂れ桜、延命地蔵堂のエドヒガン桜とまわってきたそうだ。「随分と立派な桜がありますね!」と言って戴いた。この峠を越えて、高山村に入れば、そこにも立派な桜がありますよ」と話をしたら、既に予定に入っているとのこと。本日は山田温泉に宿を取ってあるそうだ。

 そういえばサラリーマン現役のころ、高山村の桜の案内記事を書いたところ、結構な反響があったので、東北支店勤務当時の仲間に知らせたところ、ご両親を連れて態々信州まで来てくれた。
私も、40有余年、故郷を離れていて、正直な話し、須坂や高山村にこんなに立派な桜が数多くあることを知らなかった。今は故郷に居る時間が長くなったが、桜に限らず、いろいろなところに行ってみるようにしている。

 豊丘には、昔からの黄桜の「欝金」「御衣黄」「須磨浦普賢象」そして須磨浦普賢象の枝変わりの「園里黄桜」、園里黄桜の枝変わり「緑龍」と5種の黄桜が揃っている所で有名でもある。また、弁天さんで発見された園里黄桜は大阪造幣局にも譲り、立派に花を付けるに至ったとのことである。[以上は昨年作成したものです。弁天様の桜の今年の満開は、4月の20日近辺になる予想です!この桜は標高730mのところにあります!]

 本日平年より早く長野市で桜の開花宣言がされた。今年はやはり開花が早いようだ。これから暫くは桜に拘った日が続きそうだ。

    須坂市天然記念物 辨天さんの枝垂れ桜  櫻シリーズ
    https://youtu.be/srjh0qfGZD0

    辨天さんの枝垂れ櫻 信州須坂 天然記念物 神社仏閣名所旧跡巡り
    https://youtu.be/fcBb6JZ2teI

    蛙にも、辨天池にも春が来た! イヤ-邪魔しちゃったかなあ!
    https://youtu.be/nrmM5CumYGY

廣正寺のエドヒガン桜 市指定天然記念物 [蔵の町須坂 野辺町] [桜紀行]

廣正寺のエドヒガン桜

 須坂市野辺の幽篁山廣正寺の桜はエドヒガン桜で、市内には2本しかないという珍しい桜です。その立派さ・美しさに圧倒され毎年見に行っている桜です。

 廣正寺は、慶長年間(1596~1614)に下八町の大廣院開基大峡但馬守廣綱の次男である大峡兵左衛門廣正が創立し、父の分骨を収めて石碑を建てたとされる。当初は真言宗の寺でした。その後寛文12年(1672)に清和源氏の系統・小笠原長清を元祖とし、信濃国守でもあった小笠原氏一族の小笠原貞朝の次男で古里駒沢城主となって駒沢姓を名乗った貞季の子孫某が、大廣院五世暾補和尚の法弟となり、暾補和尚によって廣正寺(こうしょうじ)を曹洞宗の寺として開山し、山号を幽篁山(ゆうこうさん)とした。貞季は眞叟寺・如法寺などの開基でもあり、貞季の位牌が法堂の位牌堂の奥に祀られています。(野辺町区誌より)

 3・.4年前の市報の名所案内で、このエドヒガン桜の紹介記事を見た時に、その立派さが心に残り、「行ってみよう!」と思いたって出掛けたのが最初です。こじんまりとしたお寺でしたが、このお寺の魅力は、なんといっても入口の左手にあるエドヒガン桜です。

 いよいよ桜の開花宣言、満開の報が届く季節になりましたが、ここ北信濃では、未だまだ先の話です。したがってこの動画は昨年のものです。満開になるのは、4月の中旬~下旬です。市内にも、他に、大日向の観音堂夫婦枝垂れ桜、豊丘の延命地蔵堂の枝垂れ桜(これもエドヒガン桜です)、弁天堂の枝垂れ桜、桜100選の臥竜公園などなど。また隣の高山村にも、水中の枝垂れ桜、黒部のエドヒガン桜、中塩、坪井、赤和観音の枝垂れ桜[高山の5大桜と呼ばれている]をはじめ、村内に数多くの銘木があるので、今年の春は北信濃の桜を見に来てください。

     櫻 廣正禅寺エドヒガン櫻 (市指定天然記念物)  神社仏閣名所旧跡巡り
     https://youtu.be/XLox5a_xs0M

桜紀行 信州高山村「桜回廊 坪井の枝垂れ桜」の巻! [桜紀行]

 盛岡に赴任中、単身赴任をいいことに、毎週土・日には、神社仏閣・名所旧跡巡りに明け暮れました。主に北東北3県を走り回ったのですが、2年半経った時点で、「そろそろ転勤も近いぞ!」と思い、<折角東北に居るのだから>南の3県も行っておこうと思い、いろいろ回ってきましたが、特に山形県置賜の桜回廊は印象に残りました。2泊3日で、一帯に点在する桜の名所を見まくりました!≪天候もあまりよくなかったのですが、人出もあまりなくゆっくりと桜を愛でることが出来ました!≫ ※ 予想通り3ヶ月後に転勤辞令を喰らい[!?]ました! 行っておいて正解だった!

 それから何十年過ぎ!今は停年から9年目になり、郷里で過ごしていますが、隣の高山村にも、置賜の桜回廊にも劣らぬ桜の名所があることが解り、爾来毎年桜を見に出掛けています。それではシーズンを前に順次ご紹介していきますので、今年は高山村まで足を延ばしてはいかが!≪須坂市にも見事な桜がありますのでセットで愛でてください!≫

 信州高山村桜回廊シリーズ 第1弾 坪井の枝垂れ桜

  桜 坪井のしだれ櫻 村内随一の枝垂れ櫻  信州高山村櫻回廊
  https://youtu.be/U4XM-nF6gY0

桜紀行 須坂市豊丘の延命地蔵堂の枝垂れ桜の巻≪シーズンを前にご案内←訪ねてみておくれやす!≫ [桜紀行]

 桜紀行 須坂市豊丘の延命地蔵堂の枝垂れ桜の巻≪シーズンを前にご案内←訪ねてみておくれやす!≫

 須坂市内随一の大古木である。
樹齢400年余と言われ、太さ5.6mの巨大な枝垂れ桜である。品種はアズマヒガンザクラで、高さは約10m、枝長は南北13m、東西15mあり、4月下旬には爛漫と咲き誇っている。

 この枝垂れ桜は一番最初に見た時にはその咲っぷりに感動したねえ! 傍に旧園里学校というものもあり、私の祖母が、この桜から500m下ったところの出で、幼いとき、よく親戚に行ったものだが、この桜も学校も全然知らなかった。停年後ちょくちょく田舎に帰る機会が多くなり、わが郷里を知ろうと思い立ち、3年ほど前から一帯の桜紀行としゃれこんだ! この桜は勿体なくも、同じく豊丘にある、弁天さんの枝垂れ桜を見に行く途中で偶然前を通り掛かり見つけた桜である。園里学校と実に雰囲気の合う桜である!

    それでは私目が撮影した動画をご覧になってください!

    延命地蔵の桜 開花に備え厳寒の冬を耐える!
    https://youtu.be/BFJ6BQX3Zv0

    延命地蔵堂の枝垂れ櫻 花の競演!春真っ盛り!
    https://youtu.be/rPlKaIr3VI4

    園里学校と延命地蔵堂の櫻 春爛漫! 須坂市豊丘
    https://youtu.be/ZsRFkDejBFk

桜紀行 須坂市大日方 薬師堂の夫婦枝垂れ桜 ≪シーズンを前にご案内≫ [桜紀行]

 信州の春は遅い! しかし今年は暖冬とやらで、雪の降った日は非常に少なかった! お陰で雪掻きは2・3回やるだけで済んだ! 流石の信州も、今月末から、4月上旬には桜が咲きそうだという! ≪信州は南北に220kmもあるので、また標高差もかなりあるので、同じ信州でも気候の差はかなりあって、したがって桜の咲く時期も幅広い!≫ 

 私は高校まで、信州に居て、爾来42年間、郷里を離れていたので、地元の桜もあまり知らずにいた。停年になり、田舎に帰ってくることが多くなり、桜を見歩いたので、桜のシーズンに先駆けてご案内しようと思います。ではその1。須坂市大日方 薬師堂の夫婦桜の巻。

 桜は一対のしだれ桜で樹齢は約250年と言われる。高さが約20メートル、幹周は3.7メートル(左)、3.2メートル(右)あり、寛永元年(1624)に建立された観音堂を覆う様にすっぽり被せるように咲き、花の色が実に濃い。観音堂の前には旧三原街道が通り、嘗ての街道の面影を残す。またこの街道は、国定忠治が、群馬から菅平を抜け、この薬師堂の前を通ったと言われている。素朴な里山の風景を今に伝えている。地元では桜を守る会が結成され桜を見に訪れた人々をもてなしている。

    大日向観音堂夫婦枝垂れ桜 忠治も辿った街道を往く!
    https://youtu.be/vTC4wjdCr9g

    大日向夫婦枝垂れ桜-開花 
    https://youtu.be/9aWzGWraf9E

    大日向の観音堂夫婦櫻- まさに満開なり!-02
    https://youtu.be/Ez62P8slfVQ

    大日向観音堂夫婦桜-k 蔵の町須坂の櫻の名所
    https://youtu.be/dwlQM6QrRic

    大日向夫婦櫻 観音堂参拝
    https://youtu.be/sHL7iVQW6Rk

    大日向観音堂夫婦桜 暫く静観す!
    https://youtu.be/OzzgPLnJMLs

    国定忠治も通った三原街道!須坂市大日方観音堂の夫婦桜の下を往く!
    https://youtu.be/ZmXtzTDd59c

 3年ほど前に、5月の10日くらいに、満開になり、早朝写真を撮りに行った際は、雪が降り、後ろの山の木々が白くなっていた時があります。北信≪信州の北のエリアを指してこう呼びます≫では、5月の連休が過ぎて、桜が咲く時がよくあります。
 

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