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日本一忙しないというか、交差点の一角を占める古墳<須坂市本郷大塚古墳>見物記 [旧跡探訪]

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日本一忙しないというか、交差点の一角を占める古墳<須坂市本郷大塚古墳>見物記

須坂市の銀座通りを、東方向に走り、高山村・山田温泉・山田牧場に行く54号線(県道須坂~高山線)と、北信濃くだもの街道との、変則5差路の交差点の一角に、本郷大塚古墳がある。全国に数多くの古墳があるが、交差点の一角にド~ンと座っている古墳も珍しいだろう!

小生は古墳にも興味を持っているので、ドライブ中でも、先を急がない時は、車を降りて、動画などを撮るようにしているが、この本郷大塚古墳を最初に見つけた時は、「こりゃあ!何処に停めたらいいかい!?」と思った。結構車の往来も激しいし!いやはや忙しない見学となった。(車が行き交い、信号待ちの車から、「古墳など撮影している変な奴がいるぞ!」と奇異な視線を浴びながら<☜意識過剰なのだ!>撮影と相成った!)

この古墳は、上高井郡高山村に近い本郷地籍に位置し、扇状地(八木沢川扇状地)扇側部にあたる場所に存在する。周囲には縄文時代前期から平安期に至る橋場遺跡や行人塚古墳などがあり、原始時代からの居住地であることが確認されている。広域農道の交差点付近に位置し、道路設計変更を行い保存されている。石室は盛土により発掘後封土されている。
横穴式石室長8メートル、径15~16メートル、円墳。古墳の形態築造方法は近世~現代の破壊により不明な点もある。平成4年の発掘報告では円墳として取り扱う。積石塚であるか否かは不明。

引用・参考元 いきいきすざか http://www.city.suzaka.nagano.jp/enjoy/gakusyu/shiteibunka/gairyaku/zai51.php


昔から古墳であることは知られていたようですが、盛られた土も近くの田畑に使われ、数個の石材が地表に露出しているだけだったので、既に盗掘が進んでしまっているとされていました。昭和56年の広域農道区画整理に伴い、この古墳が道に掛かってしまうため、緊急発掘調査が行われた。<遺跡の中には、盗掘に遭って、副葬品などが悉く盗難に遭っているケースが誠に多い中、この遺跡は敢えて壊さなくても、盗もうとすれば簡単にそう出来たのに、多くの埋葬品は残っていたという! 流石我が郷里の人々は善良な人が多いと身贔屓ながら思うのである!はっはっは!>

調査の結果、驚くべきことに、この古墳の内部はとてもよい状態で残されていたことが判明、出土した宝物は県下でも稀にみる一級品ばかりでした。中でも「圭頭太刀<ケイトウタチ>」は、漆塗りの鞘は残っていないものの保存状態がよく立派な太刀だそうです。
柄<ツカ>は、木に美しい打ち出し模様を施した金銅板で覆い、柄頭<ツカカシラ>は、中国の儀式に用いられる「玉器の圭」に似ていることから圭頭<ケイトウ>と呼ばれる形をしています。
圭頭太刀、三輪玉、刀子、馬具等多くの出土遺物がある玄室。その他にもこの古墳からは武器や三輪玉、装身具、珠文鏡<シュモンキョウ>人骨などが出土しました

このような圭頭太刀を副葬している被葬者は、相当身分の高い人だったことが推測できるのです。扇状地を控えた牧場経営者の墓と推定され、古墳時代後期の須坂地方を代表する遺跡である。

これら本郷大塚古墳からの出土品は須坂市立博物館(臥竜公園に併設)にて展示され、見学することができます。

 須坂は、百々川・松川<八木沢川も含む>の2つの川の扇状地に位置し、須らく坂の町ですが、古代の昔から、人が住んで居た様で、市内の各所に、遺跡が点在しています。「八町鎧塚」古墳や、百川・鮎川沿いにある天神塚古墳を始めとする古墳群、坂田山山麓に点在する古墳群など須坂には考古学的に大変貴重な古墳が幾つもあります。

 我が故郷須坂は、この様に、住みよい場所だったことが分かります。古墳を見た後、この交差点から車で3分のところにある、須坂温泉「古城荘」へ行き、ゆっくり温泉に浸かり、疲れを癒しました!

 

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引用・参考元 「須坂探検マップ」 http://www.suzakamap.com/tanken/page.php?_id=272




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