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【名所旧跡めぐり】 真田10万石 海津城を散策し、川中島合戦を偲ぶ! [名所旧跡巡り]

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 旧長野電鉄河東線(屋代線)は、平成24年4月を以て廃線となった。線路は撤去されてしまったが駅舎は残されている。木造の平屋で古き良き時代の匂いがする建物である。

 その駅から徒歩5~6分のところに海津城はある。所用で松代に来た序でに、松代の駅を撮影しておこうと思って、ホームを行ったり来たりしていたら、太鼓の鳴る音がしたので、音のする方に行ってみた。

 丁度「子供勝鬨太鼓」を演奏していた。偶々「真田10万石まつり」を開催中で、海津城の広場で、和太鼓や、吹奏楽や、合唱などを披露しているのである。松代は来年NHKの大河ドラマの舞台になる場所なので一段と気合が入っている。暫く演奏を眺めていたのだが、折角来たので、堀を渡って、城郭内を周ってみた。

   【歴史散策】 海津城 北不明門 城内を散策する!
   https://youtu.be/Mru0ITenTew

   松代10万石まつり 松代10万石 子供勝どき太鼓野外演奏
   https://youtu.be/KvTAo4dNrSQ

 松代城は、三方を山に囲まれ、一方を千曲川に面していたので、天然の要塞という趣で、平城といえども堅固な城であった。真田氏が10万石で城主となって、信州随一の大藩の城となった。

明治5年廃城となり、藩士などに払い下げになったが、のち明治37年真田氏が買い戻し遊園地として開放したり、松代藩開府300年を経て、昭和26年真田家により、松代町(当時→のち長野市に合併)に寄付され公用地となる。そのように右葉曲折あったが、石垣のみ残る城跡であったが、平成16年までの整備事業で、太鼓門・北不明門・櫓門の復元、石垣の修復、土塁・堀等の整備をされ、江戸末期の城郭空間が蘇えりました。市民の憩いの場になっています。
 
 城内を周って、川中島の合戦の時、この城と謙信の軍勢が陣を構えた妻女山はすぐ目の前にあり、また「鞭声粛々夜河を渡る~」の千曲川は、海津城の北側であるし、まさにここが川中島の合戦の舞台であったことに思いを馳せるのだった。 [松代十万石まつりは平成27年10月11日実施されたものです!]



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