So-net無料ブログ作成

みちのく一人旅 青森下北半島1周記 恐山 仏ヶ浦 その2 [旅]

スポンサードリンク




みちのく一人旅 青森下北半島1周記 恐山 仏ヶ浦 その2
[同名のみちのく一人旅 青森下北半島1周記 恐山 仏ヶ浦 その1 の続きです!]

 3人が乗り合わせていた。
 船は比較的小さなもので、波に揉まれて、結構揺れた。私は付き合いで、船に乗って、銚子を出港して、大原の沖合いまで出て、鯛釣りと洒落たことがあったが、船が停泊して、いざ釣る段になったら、完全な船酔いで、昼飯も食わずに、港に帰る迄の、半日間をただひっくり返っていて棒に振ったことがある。果たしてこの船で大丈夫かしらと思ったが、所要時間20分と短いこともあって、何とか無事に陸に戻れた。 まあからっきし意気地がないのである。

08170202.JPG

 

  船の上から望む、仏ヶ浦は又格別だった。丁度山のようになっている中腹に、白い岩が群れになって立っているのである。その姿が、仏のように見えることからこの名前が付いたようだ。<実際に仏像みたいに見える岩や、五百羅漢と名がついた岩群もある> 

08170227.JPG

 

 駐車場はこの山の中腹にあり、海面からは、8・90mは優に登ったところにある。途中から絶壁になっている。帰りはその絶壁を[勿論階段状の歩道になっているが]登っていかなくてはならない。結構息が切れた。

 08170223.JPG

 ここを出たのが、17:53 出発点から、356kmだった。 もうこれからは特に予定していたところはなく、ただ帰り道を走りに走るのみ。地図を見るとえらい距離を残している。 これから300kmは優にある。そこで考えた。地図によれば、脇野沢村まで行けば、フェリーがある。此れにのって、青森までいければ、その間は運転を休める。此れは適当な休養にもなるし、6・70kmは距離が縮まる。グッドアイデアだ。 その気になって、もう暗くなりかけた峠道を駆け抜けた。 

 途中山を下る時に、微かに海が見えたのだが、そこにフェリーらしいものが見えた。よしよし未だ船はあるなと思いつつ、一気に駆け下り、やがて脇野沢村に入った。 村はお祭りらしく、道路の両側には提灯が幾つも吊り下げてあった。しかし人っ子一人姿が見えない。おいおい!!!幾ら過疎の村とはいえ、お祭りなんだから此れはねえぞなどと思いながら、フェリーの発着所を探し回る。

08170242.JPG

 

                無情にもフェリー乗り場は閉まっていた!

 ところがそれらしき雰囲気のところが全然見当たらない。 フェリーが発着するような感じのするところがない。仕方がないので、案内板を見たら、この寂しい空間がどうやら発着所らしい。よく見ると、平屋の喫茶店風の建物の脇にフェリー乗り場と書いてある。ドアはとっくの昔に閉まっていて、本日は早くも店仕舞いであった。ガラス戸に、時刻表が貼ってあったが、なんと最終便は、16:25であった。ここが行き当たりばったりの旅の悲しいところ。何てことはない、仏ヶ浦の遊覧船に乗って浮かれていた頃、青森行きの最終フェリーは出港していたのである。

08170252.JPG


 此れで夢のフェリーの旅は儚く散ってしまった。これから海岸沿いに、むつ市まで出て、それから陸奥湾沿いに南下して、野辺地町まで辿り着いた後、国道4号線を、150kmも南下せねばならない。第一野辺地町まででも、優に150kmはあると思うと一遍に疲れが噴出した。まあ予めの計画のない旅は所詮こんなものである。

 最後に思いついたのは例の毛布である。 よし何処かの駐車場でも潜り込んで寝てしまおう。明日は青森でも出て、三内丸山遺跡にでも寄っていこうと考えたが、何と本日部屋を出る時に、天気が良かったので、窓を開けっ放しにして来てしまった。何たる不覚。此れでは毛布を持ってきた価値がないではないか!!! 何たる矛盾した行為か!!!

08170247.JPG

 

                    人っ子一人居ない!

 もうこうなったら、一時間や2時間早く出たって意味がねえやと思い、完全に開き直ってしまった。まず車を発着所の前に止め、お祭りとやら、八幡宮に行ってみる。 両脇に提灯が釣ってあり、それが延々街中を貫いているのだが、恐ろしく人がいない。 ただ提灯が空しく風に靡いているだけである。かえって不気味な雰囲気だった。お宮の階段を上るが、ここにも人っ子一人いない。お祭りだというのに。 参拝して、階段を下ると、一人の女の子が、浴衣を着て、ジャラジャラ鈴を鳴らして、横切っていった。ああ人がいるんだと思うほど人が居なかった。

 ここ脇野沢村を後にし、夜道の海岸線をひた走る。考えてみれば、夜の海岸を走るくらい味気の無いことはない。只漆黒の闇。

 暫く走ったら、土産物風の店が開いていたので入ってみる。まあ普通の商店だったが海産物など少々置いてある。鱈を輪切りにして干してあるようなものがあったので、店のおばさんに「此れどうやって食べるの??」と聞いてみたが、何か一生懸命喋ってくれているのだが、意味が良くわからない。聞き返すのも悪いと思って、解ったような振りをして、時々相槌などを打っていたのだが少しも解らない。まあ水にでも浸けて戻して煮れば何とかなると思い買ってみた。

そこから又もや、闇の海岸淵を走る。左側は山になっているので、海岸に沿って道が一本通っていて、両側に家が並んでいるだけの漁村を走りぬく。暫くは提灯の揺らいでいる

中を走り抜くが、全然人気がない。

08170262.JPG

 

 川内に入った辺りで、車を停められた。「何だろうなあ」と思ってよく見ると、獅子風なものを、門付けで、やっているのである。ここも車を停めて取材<?>と相成る。家々には、その獅子舞を迎えるために、入り口を開け放ち、お供え物を用意し、家中の者が、獅子舞が来るのを待っているのである。その家の前で、一軒に約10分くらい掛けて獅子が舞うのである。門付けの獅子舞が、私の車を停めてある家に暫くして行くという時分に「大阪ナンバーの車の方ですか」と聞かれ、充分取材も終えたので、??村を後にする。 後は「むつ市」迄の道路標識の距離が少なくなるのを楽しみに只走るのみ。

08170267.JPG


やっと町並みが見え始め、道路も明るくなってきた。いよいよむつ市に辿り着いた。暫く走ると「スーパーまえだ」があったので、「ハハーン此れがスーパーまえだか!!」と思い、寄ってみることにした。序でだから、買い物もし、車の中で、夕食にした。

むつ市から、横浜に向かう。ここは市ではなく横浜町である。右側はどうやら海らしいのだが、全くわからない。ただただ車を走らせ、野辺地村に向かう。やっとのことで下北半島の付け根に戻ることが出来た。時間は10時過ぎ。ここで国道4号線に入る。「やれやれ」だ。ここから盛岡まで150kmだ。暫く走ると雨になった。盛岡も雨だろうか。窓を開けてきたのが悔やまれる。

 十和田町・三戸・二戸と南下して行く。 それでも夜も遅いため、道路は勿論空いており、かなりのスピードで突っ走る。漸く渋民村の見慣れた所に出ることができた。昨日来たばかりのところだ。ここからは15kmで盛岡に着く。 後は一気に走りぬく。滝沢村を越えた頃、11時50分くらい。此れなら日付が変らずに家に帰れると思い、意識して車を走らせた。家に着いたのはジャスト12時だった。兎に角走りに走りまくった一日でした。
 「ああ! 疲れた」の一語のみ!

 




スポンサードリンク





nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。