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明日香 ぶらり一人旅! 古墳 巨大な石造物の宝庫だ!   [旅]

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 3連休、無為に過ごしてはとお思い、さて何処に行こうかと思いを巡らし、門前払い(遅くなって拝観時間に間に合わなかったことがある!)を喰ってはいけないと、朝早く出るつもりが、結局家の中で、燻って、初日は出掛けずじまい。

お陰で、掃除・洗濯・食器洗いは、しっかりとやり、それなりの意義を見出す。←なにせ華の単身赴任(?!)生活だからねえ!

さて二日目、昨日の二の舞はいかん、兎に角出掛けなくてはと思い、それでも9時になってしまったが、車のキイを入れた。空いているかと思った道路は、あに計らんや、混んでおり、最初から苛つき気味。

1時間20分くらい掛かって、漸く奈良市にはいる。169号線を南下する。「さて今日はどうしようかいな」 今日は取りあえず、明日香に行くことはこの時点で決めていたが、何をするかは全く不明<?> 何時もの事とはいえ、「お気軽、気儘な旅<?>」

そうこうしている内に、柳本というところを通過。道路端に何と古墳が見えるではないか! 思わず車を停め、案内板に走り寄る。「ウーン!!!なになに、上の山古墳??

景行天皇陵!!!」見ればこんもりとした丘。祠が祀ってある。その左手にも古墳が。こちらは、崇神天皇陵だとか? ここら辺は、「大和古墳群」・「柳本古墳群」・「纏向古墳群」と北から南に拡がっており、古墳時代前期「前方後円墳」の宝庫なんだとか。

「おいおい!!また寄り道かい!!」と思いつつ、「まあいっか!!! 別に目的地がある訳じゃなし!!!」 暫く行くと、「日本一大きな鳥居」大神神社<?>ここは通過。

ここらは辺は、そうめんの生産地として有名なところ。題して、「三輪そうめん」

櫻井市の辺りに入ったと思う頃、左手に、安部文殊院の標識あり。曰く「日本三大文殊」

こういうのに極めて弱い。「はてさて他の2大文殊って何処?」と思いつつ、「もし他の文殊に行ったとき、ここに行かなかったら、<揃わなくて>後悔するな」只それだけの理由で参詣と相成った次第。文殊様もさぞかし迷惑な話だ事。ここで印象に残ったことは、境内に、古墳があること。奥文殊とかなんかで、石室の中にお祀りしてありました。後で本で確かめたら、「西古墳」と称される、特別史跡指定のれっきとした古墳だよー!!! 「大化改新以前に、蘇我氏と密接な関係にあった<阿部一族の墓>」と記されている。

そこから更に南下。「石舞台」左折の標識。「この前行ったけどもう一回行くか」と思い、左折。しばらく走ったら、岡寺の駐車場。この前来たときには気が付かずその儘通過してしまったと言うことか? 岡寺の急な坂を登る。岡寺は、正式には「東光山 龍蓋寺」と称し西国三十三所、第七番札所、厄除け観音として有名なところです。日本最大、最古の塑像の如意輪観音様が安置されております。

そこから「石舞台」は極僅かの距離。本日は大変混んでいました。駐車場もやっと確保。今日はカメラを持ってきたので、高台に登り撮影を敢行。石舞台古墳は、言わずと知れた、日本でも最大級の横穴式石室を持ち、<土塁の部分が無くなって>その石室が剥き出しになっている古墳です。蘇我馬子の墓と推定されています。売店で明日香の航空写真マップを購入。この時点で、「よし今日は古墳と巨石群の探索<?>だ」と決定した次第。それにしても、「売店に我が社の商品が並んでいないなあ」とこんな処に来ても商売気が出てしまう。

石舞台は先回も来たので簡単に流し、さっき買ったばかりの、マップを見ながら、車を走らせる。「ウーンなかなか解らんぞ!!!」ぐるぐる回るも埒が明かないので、「まら石」はカット。一寸名前が「意味しん」。この件は後でもう一回出てくるのでお楽しみに。

稲渕と言うところまで出てしまったので、そこから明日香村の中心部に戻る。村立明日香小学校の先に、公民館があり、そこの駐車場にちゃっかり車を停めて、後は地図を頼りに、歩いて回ることにする。何せ車だと小廻りが来かぬ。迷ったら最後大廻りしたり、駐車できるところを探したりで却って疲れてしまう。見ればみんな自転車を乗り廻しておる。ウーンあれが正解かもね。それにしてもみんなツーショット!!!。中年のおっちゃん而も単独<?>なんて他に居ねえぞ!!! テレるなあ。そういえば、何処の観光地に行っても、男一人とか、2・3人連れなんて居ないなあ。おとこ何てえものは、会社の慰安旅行かなんかで酒によってくだを巻いているのが精々か!!! 長生き出来ないやねえ。最も俺も慰安旅行くらいしか行ってなかったけどね。<こんな風にいろいろ行くようになったのは京都に転勤したお陰かねえ>

その駐車場からすぐ側になにやら人だかり。何だと思ったら、探していた、「亀石」 余り簡単に見つかりすぎて、却って拍子抜け。それにしても、民家の隣にこの亀石なるものはあるのです。こんなもの<?>家の隣にあったら迷惑ダッセ!!! 人はやたらに来る。覗かれたりされた日にゃ、プライバシーの侵害なんてもんじゃありません。自販機を4・5台付けただけじゃ元がとれん。この亀ちゃん、眠っているようにも、笑っているようにも見えるのだが、正体不明、何の為のものかも皆目分からないらしい。

マップを見るとこの辺に色々と巨石物があるらしい。地図を便りに歩くことにする。しかし人が多いよなあ。これだけ人が多いと、テレてる必要も無いなあ。アベックのチャリンコにスイスイ抜かれる。しかしだ。歩きの特権は、どんな狭いとこでも行けるんだい!!!

その特権を生かして、田圃の畦道や、狭い路地を通り抜ける。明日香小学校の脇を抜け、正面に、小高い丘が見える。マップをみると、やはり古墳らしい。曰く「天武・持統天皇陵」

ウーン!!! 夫婦合葬かあ!!! 羨ましいなあ。正式名称は、檜隈大内綾<ヒノクマオオウチノミサギ>と申す。南面に拝所が設けられている。天皇陵の特徴は「八角形墳」であるが、今は頭頂部だけが残って居るんだそうな。被葬者が確実になっている数少ない古墳なんだって。「へへーん!!! 詳しいこと知ってんだろう!!!」 実はここには約30名の歴史探究ツア<?>の団体が居りまして、解説者付きだったんですねえ。ここから暫くこの団体の後を着いて行きましたのです。ハイ!!! ずうずうしいって? 違いますよ!!たまたま私の行こう行こうとする方に、団体が先に先に歩いて行っただけですよ!!! 

 まあコースというのがあるみたいなんでそうなったと言うことですが、探す手間が省け、而も解説付きなんで、こっちは大助かり。而も団体のメンバーと、仲間の一人みたいな恰好しちゃってずるい奴。そして行ったのが、「鬼のまないた」。只平べったい石があるだけのものですが、古墳の石室の底部の石だと言うことです。これは丘の中腹にあるのですが、ここから道路一つ隔<下がった>てた畑の中に、この「まないた」の上に被せてあった部分<蓋石>といわれる巨石が転<この表現が適切>がっています。曰く「鬼の雪隠」。 

むかしこの辺りに鬼が居て、旅人が通ると、霧を降らせては捕らまえ、このまないたで料理し食したという。満腹になった鬼が用を足したのが雪隠という言い伝えがあるのだそうな。

さてそこから先に行くと、長閑な田園風景が拡がります。最も明日香自体そう言う雰囲気なんですが。そこからは畑の中に丘状のものが多く見られるのですが、古墳また古墳の連続です。先ず、欽明天皇の祖母の古墳と言われるものがあり、暫く歩くと、明日香で一番規模の大きいと言われる、欽明天皇の陵があります。周りに濠があり水をたたえて居りました。

拝所も立派なものがありました。しかしこの陵は本当のところ誰を祀ってあるか不明なのだそうです。欽明天皇陵は、「丸山古墳」と呼ばれている古墳ではないかとの説もあるそうです。古墳からの出土品が、欽明天皇<570年に没>の時代と合わないのだそうです。

この陵のすぐ脇に、吉備姫王<キビヒメノミコ>の墓=檜隈墓と言うのがあり、そこには、

「猿石」なるものが安置されています。1メートルくらいの石像ですが、4体ありました。

これは元々はここにあったものではないと言うことで、欽明天皇の陵<と言われている陵>の南側にある、水田の中から発見されたものをここに安置したものだそうです。

さてさてここを最後に戻ることにして、<団体さんは更に岩屋山古墳とか牽牛子塚古墳とか行くんだそうな←タフだなあ>少々痛くなった足を引きずりながら、「ただ」で停めている駐車場に進路<?>をとる。それにしてもいい天気だなあ。「こんな田圃道を歩くなんて暫く無かったわい」等と思いながら、日頃の仕事のことなどすっかり忘れて長閑な時を満喫したのでありました。

車を走らせてすぐ、「川原寺跡」に出て、ここも一寸散策しようと思ったが、なにせ駐車するところがおまへん!!! 苦し紛れ<?>に右手を見ると、お寺あり。「もしかして、橘寺?」と思って、坂を上がると、まさしく「橘寺」 ラッキーと思い境内に入りました。

このお寺<正式には仏頭山上宮皇院 橘寺>の一番特筆すべき事は、かの聖徳太子の生誕の地と言われていることです。当時ここに欽明天皇の別宮<橘の宮>があり、同天皇の第4皇子<橘豊日命←後の用明天皇>と穴穂部間人皇女を父母とし、572年にこの地で生まれたと言うことです。五重塔などは焼失し今は礎石が残るのみです。ここには「二面石」と言うものが太子殿の左脇の庭にありました。人の心の「善悪二相」を表したものと言われている。橘寺を出て川原寺跡をも見ようと思ったがやはり車を停めること叶わず、諦めて、石舞台に戻る。

戻ったのは、今日は「巨石」を結構見れたので、先ほど探して<?>だった「まら石」を

「絶対探してやる」という一念でありました。もう既に16時半近くでありましたが、今回は門前払い<?>の心配はないので、今度は車を石舞台の駐車場に入れて歩いて探しました。

マップを頼りに歩いていたら、<あれ程探して見つからなかったのに>公園みたいな所にそれは聳え立って<?>いました。その名の通り、男根神の一種と言われているが、五穀豊穣を願ったものとか言われるが詳細は不明。全長1メートル余り。

そこから仏頭山の石段を上がり、頂上まで行かず、途中右に折れ、展望の開けたところに出ました。そこからは明日香<北側に向けて>を一望できるところで、香具山・耳成山をはじめ、明日香一帯が見えました。そこから遊歩道を下り、石舞台に戻りました。

岡寺に抜ける道をあえて通らず、そのまま下り、右折し、狭い道を遣り過ごすと、「酒船石」の入り口に出ました。もう薄暗くなっていましたが、折角だから行ってみました。この巨石も何の為のものかははっきりしていません。何者かによって割られた跡もあり、竹林の中に無造作に放うり投げ出されているようにひっそりと佇んでいます。

さてさて今日は随分あちこちに行ったぞ!!! まんぞく満足。やはり家の中に燻ってばかりではいかんなあ。今日は一応寒くないように重装備<?>で行ったのですが、とても暖かく汗をびっしょりかいてしまいました。

それにしても、明日香は歴史の宝庫だなあ。まだまだ見るべきものが一杯あるぞ!!! 今日もあてなしの行き当たりばったりの一日だったがなかなか充実した一日になったわい。

「明日香川 川淀さらず 立つ霧の 思い過ぐべき 恋にあらなくに」 山辺赤人

明日香は日本の原点みたいな所ですが、本当にここから歴史が始まったともいえるところで、いろいろ見るべきところが、そこかしこに散らばっており、こりゃあ何回も来ることになるぞと思った次第。いろんな雑誌を買ってきて読んでいるわけですが、読んだ段階の勝手な想像と、実際行ってみるのとでは、やはり大きな違いがありますね。


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