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【京都】雨の日デートはどこ行く? 雨の日におすすめ 京都のデートスポット [名所旧跡巡り]

【京都】雨の日デートはどこ行く? 雨の日におすすめ 京都のデートスポット


楽しみにしていたデートの日に「雨」って、ありますよね・・・
今回は古の都京都の「雨の日でもカップルが楽しめるオススメのデートスポット」をご紹介!

博物館や美術館をまわってみたり、マンガミュージアムで1日過ごすのも、雨の日ならではのデートを楽しんでみよう!

掲載雨の日デートスポット

サントリー京都ビール工場, 京都国立近代美術館, 京都国際マンガミュージアム, 京都府京都文化博物館, 京都水族館, 京都美術館, 京都鉄道博物館, 宝泉院, 月桂冠大倉記念館, 茶寮都路里高台寺店,


 

 

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引用元  http://www.jalan.net/news/article/143262/




信州女神岳の麓「野倉地区」<塩田から別所温泉に抜ける峠道の途中>に祀ってあった「夫婦道祖神」を訪ねてみた! [名所旧跡巡り]

信州女神岳の麓「野倉地区」<塩田から別所温泉に抜ける峠道の途中>に祀ってあった「夫婦道祖神」を訪ねてみた!


信州塩田には、生島樽島神社・前山寺・中禅寺など見所がたくさんあるが、これらの神社仏閣参拝を終え、別所温泉北向き観音に移動しようと思った。偶には今まで通ったことのない全く新しいルートで行けないかと思い、地図を見ていたら、山道ながら、女神岳の麓を抜け、丁度北向観音に出る峠道があることが分かった。よしこのルートを走ってみようと思った。

峠道に入り暫く走ったら、野倉という集落に出た。そこに・・・・・・


 
 
 
 
 
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【まほろばの国遺跡めぐり】 明日香村新発見の亀形石造物を見に行く! [名所旧跡巡り]

 明日香の酒舟石のある丘の下に、新しい遺跡[亀形石像物]が発見されたので見に行った時のことを記します。京都支店在任中のことでしたので、大分前の話になります。[H12・3・18]

 今日は最近発見された亀形石像物の現地公開がされるというので、早めにいかないと混んで大変と思い、朝6時半に出発した。10日程まえ<発見された直近の土・日>に、現地説明会が開かれたそうですが、雨にも拘わらず、何と6千人の考古学ファンが押し掛けたということを聞くに及んで混んでいたら大変だと思って早朝の出発と相成った次第。ところが枚方大橋を超え、307号線に入り、一号線との交差点を越えた辺りから、ノロノロ運転。早くもイライラモードに突入。

 その後は比較的順調に車は走り、8:25頃に着いたのですが、流石に誰も居なく、車も<勿論路駐=岡寺から200mくらい手前の空き地>楽々停められました。既に3回この近辺には来てましたので、一発で分かりました。小さな丘の尾根伝いに「酒船石」に向かう。そこから坂を下りるのだが、「立入禁止」の標識が出ているが、それを無視して下る。途中丘の中腹に、石垣状の遺跡が、小屋に覆われて、あるのだが、ここは昔から、「石の宮城」伝説があるのだそうで、この石垣自体も、有力な証拠になっているのだそうです。今回新たに亀ちゃんが発掘されたわけで、益々その説が有力になったということです。ここからもう少し下ると、例の亀ちゃんの発掘現場です。

 縄を張り巡らしてありましたが、それを越え、現場を見渡しましたが、な・何と、遺跡には、青いシートを被せてあるではありませんか!!! 肝心の部分がまるで見えません。「参ったなあ!!!」と思いつつ、それでも、現場の写真を撮っておこうと、未だ日も射さなくて、陰になっている現場を押さえました。そのうち、カメラを持ったおっちゃん<自分もそうだが>や、彼女を連れた若者がやってきましたが、同じくがっかりとした様子。「シャッターを押して下さい」等といわれて、撮ってあげましたが、そんな場合じゃないぞ!!! 特派員(自称)としてはこの後どうすべきか気がきじゃなかった。

 この遺跡の部分は約12mくらい掘り下げられており、<幅は40mくらい>その溝状の対岸<?>にも、ぼちぼち人が集まって来始めました。元々この亀ちゃん、どうして発見されたかというと、道路工事をしていたんですねえ。丁度その工事現場になって居たところに、遺跡が出たので、出入り口なんかも、しっかり締め切ってあり、結果的に、厳重な警備<?>体制にあるって訳。いっそのこと一人底まで降りていってシートを剥いで写真を撮ろうかと思いましたが、流石に自重しました。ハイ!! 下手すれば建造物不法侵入とか、重要文化財破損行為<こんなのあるかどうかしらん!!>とかで、敢えなく逮捕なんて事になったら堪らん!! そんな奴もいるかも知れないという事とも思えんが、当然 工事担当者が一人張り付いていまして、無茶な行動をしないでよかったと胸を撫で下ろした次第です。

 対岸の見物人も、中にも入れないで、がっかりした様子がこちらからも分かる。中には早々諦めて、戻る人もでる始末。こりゃ側にも寄りつけないし、この程度の撮影で諦めるしかないかと思って居たところ、なんとヘルメットを被った作業員風の人が、その入り口の方へ歩いて来るではないか。鍵を開けて見物人を中に入れている。こっちは掘り下げられた、崖淵に立っているわけで、而も立入禁止を無視して入った弱み<?>もあるしなあ。他の二組は、素直に、酒船石に戻って、回り込んで対岸に行く模様。こっちは面倒くさいから、戻らずに竹林をそのまま横切って、溝の端のところに出て、今度は反対側から、酒船石のある岡<今まで居た方向を>をバックに遺跡の撮影敢行。

 そのうち、今日は亀ちゃんのレプリカを造るための、「型どり」があるとの噂が流れてきました。ということは、ブルーのシートを取り外すということではないか!!! おー!! 少しは光が射してきたぞ!!! もうこの頃には既に30名くらいの見物人。不思議なもので同好の士、待ち時間もあることも手伝ってか、俄然情報交換の場と化してしまった。

 先ずこの遺跡の配置の件で一くさり。というのは、シートを被せてあるため、その下は想像するしかないので、亀ちゃんは、「あそこか?」・「いや違うこの向きだろう!!」と、諸説が飛び交う。亀ちゃんはテレビで見る限り、丸い形をしていた筈だが、丸状と解る部分が見あたらない。亀ちゃんの水取り口<?>と、酒船石は、岡の上下で、一直線に繋がっているという説もあるとのことで、それに従えば、真っ正面のシートしか考えられない。

 既にこの亀ちゃんは、発見されて10日くらいしか経たないというのに、パンフレットを持っている人が居る。「これどうして手に入れたの?」と図々しく聞く私目。「ああ!! これ!! 役場に置いてあったんだよ」という返事。それからもう一人からの情報あり。季刊「あすか」も丁度出ており、こちらも既に亀ちゃん特集を組んでいるんだと!!! 亀ちゃんモテモテだなあ。この季刊誌、近鉄京都駅の構内に置いてあり、只で配っていたんだと。<要するに置いてあり勝手に持ってきてもいいようになっているの意味> ウーン対応の早い奴っていうのは居るもんだなあ。情報力の差かなあ。

 そうこうしている内に、工事現場の人と、腕に腕章を巻いた一群がやってきました。腕章はよく見えないが、「教育委員会」と書いてある模様。漸くシートを外しそうな雰囲気。「待っていた甲斐があったぞ!!!」 例の亀ちゃんと思しきシートが外された。見物人一同期待の「おー!!!」というざわめきが木霊する。ところが一瞬がっかりのためいき。な・何と未だ覆いがあったのであります。一同失笑!!! 今度はシートだけでなく、木枠で覆ってある。これが丸い形を隠していた元凶<?> 道理で上から見ても、解らなかった訳だ。

 木枠を外し、その下にあったシートも漸く外し、亀ちゃんの全容<?>が見えたと思いきや、なんと真っ白に塗られている<シリコンを塗ったという説有り>ではないかいな!!! 「???」 そのうち、一人が何と亀ちゃんの丸い形の中に座り込んで、アルミ箔のようなものを張り付け始めました。「これじゃあ、しようがねえなあ」と思いつつ、「まあ写真にでも撮っておけや」ということで、作業の様子を写しておきました。

 アルミ箔を張り付けて、その上から、石膏<?>状のものを流し込んで、型を取り、レプリカを作成するんだそうな。それにしても、よく情報を取ってくる奴も居るなあと感心することしきり。そのくらいでないと、来ても空振るぞ!!! 私なんぞは常に行き当たりばったりで、見逃している部分も可成りあるんだろうなあ。

前にも書きましたが、この「亀ちゃん」の南面が竹林になった小高い丘で、この頂に、例の「酒船石」が巨体<?>を横たえているのです。それと、亀ちゃんとの中間くらいのところに、石で積まれた帯状の「石垣<?>」がある事は既に書きました。この丘の近辺は「石の神殿」伝説が元々あったみたいです。酒船石も本来何の為に使われたか不明だった代物ですが、この亀ちゃんの発見で、なんか分かるのではないかといわれています。亀ちゃんの水取り口と、酒船石は一直線に結ばれるのです。この亀ちゃんの遺跡は、向かって左手に階段状になっていて、何かスタンドの観覧席みたいな形相を呈しています。なにかの神事に使われたのでしょうか? またこの遺跡の東側の博物館の駐車場予定地まで発掘を拡張し、更にこの遺跡の解明に当たるそうです。全容が解明される日が近いかも知れません。

 この工事現場<?>の入り口から、少し下ったところに、古い民家状の建物[後で調べたら、村立民族資料館真神荘と判明]があり、人が入っていくので、着いて<この野次馬根性が大切?>行ったら、民俗資料館風になっていて、昔の農作業で使われた道具や、生活道具・馬屋などを見ることが出来ました。そこの入場券売場には、亀ちゃんの絵葉書が既に陳列され売られて居ました。発掘直後に、カメラを持って行き、撮影したんだそうです。まあプロではないので、写った状態は、如何にも素人風でしたが、肝心の亀ちゃん、本日は厚化粧<??!!>の為、写真に撮れなかったので、これを購入するということに相成った次第。それにしても、地元の強みだなあ。商売上手や。

 この民俗資料館で、北海道から来たという髭もじゃのお兄さんと、丹後半島の出という中年<失礼>女性と、展示してあった農作業の道具について、一談義。「これ私の実家にもありましたよ!!」・「私の小さな時にも実際これ使っていました」・「これ<とみ>とかそんな名前でしたねえ」・「私も丹後ですが確かそう言っていました」・「私の田舎も長野ですがそう呼んでいましたよ」この最後の発言者が何を隠そう私目で、この場面を正確に報告すると、殆ど私以外の二人の会話に、<聞かれても居ないのに>単に私が割り込んだというのが真相<?>であります。なんとシャシャリ出の厚かましい奴でした。

 そこを出て、今度は回り道をして、酒船石に再度出て、<前回は黄昏時に間に合わせで写真を撮ったので>改めて写真を撮ろうと思っていたら、既に10人くらい周りにおり、なかなか写真が撮れない状況。「まあ人が切れるのを待つかあ」と思って、ブラブラしていたら、例の北海道から来たというお兄いさんとここでも再会。酒船石をバックに記念撮影をしたいというので私が撮ってあげました。しかしいろんなところから明日香に来て居るんだなあ。北海道からなんて大変だなあ。それに較べれば、おいらなんて恵まれて居るぞ!! 来ようと思えば何時でも気軽に来れるし、一回来れば、3万円の「積もり貯金」もできるし、京都に勤務している間に精々いろんなところに行っておこう!!!

 酒船石も無事撮影し、竹林を左手に見ながら、尾根伝いの小道を戻る。途中道端に蜜柑が置いてある。無人交易<確かこんな言い方をしたと思う>とかいうもの?? 200円を竹の筒の中に入れて一袋貰ってくる。風邪気味だから丁度いいや。

それにしても陽気は春爛漫という感じで、寒いといけないと思って、重装備で行ったのですが、セーターを脱いでも全然寒くはありませんでした。

  亀ちゃんの後は、キトラ古墳→文武天皇陵→役場<パンフレットを貰いに行く>、近鉄「明日香駅」<季刊(明日香)を貰いに行く=こちらは近鉄京都駅と違い、200円だった>→JR朝市<ほうれん草や玉ねぎを買った=華<?>の単身赴任者なもんで>→岩屋古墳→牽牛子塚古墳→乾城古墳→貝吹城跡→潅子塚古墳→マルコ山古墳→ 壷阪寺→伍百羅漢→高取城跡と例によって欲張った行程をこなしました。高取城に着いたのは、16:20頃。全くの山の頂で、誰も居らず<そうだよねえ、こんな時間に来る酔狂な奴はおらんぞ!!>心細い思いをしました。山の頂に結構な高さの石垣が何重にも残っていました。それにしてもこんな山の中によくぞこんな大規模なものを作り上げたものだと感心しました。<井戸も7つ程あるとか。2つしか解からなかった> 車に戻った頃は、もう辺りは真っ暗になっていました。

 一番遠いところが一番最後になってしまったので、帰りは混雑で大変な目に遭いました。 いま毎週のように「奈良」<そのうち京都にも行く!!>に行って、行動の方が先行しすぎて、写真などの整理が追い付きません。そのうちボチボチやりまんねん!!! この日の古墳巡りは面白かったですねえ。それぞれ特徴があって!!!

 この日は「男の一人旅(?)」とかなり出逢いました。北海道・栃木・それから身元不明<?>の一見大学教授風。「同好の士」どうし。色々教えて貰いました。前述のパンフや季刊誌の情報源は彼らです。中には行く先々でまた出逢ったりして。それぞれ徒歩だったり、自転車だったりするので。

 今日は車で回りましたが、明日香も大分地理的なものは分かってきました。2箇所くらいかな。迷ったのは。迷ったお陰で案内書に載っていないところにも行くことが出来ました。「乾城古墳」←<これは誰も訪れる人が居ないのか、入り口に梯子が掛かっていたのですが、蔓草が絡まっていました+天井がものすごく高く而もドーム状の古墳だった。思わぬ収穫> や「貝吹城跡」←<すごい山道で行っても行っても辿り着かず、やっと着いたと思ったら、ただ「貝吹城跡」の標識があったのみ>などです。

 それにしても、日の当たる田圃の土手に腰掛けて食べた弁当<CVSで間に合わせに買ったもの>だったけど美味しかったねえ。明日香はゆったりしていて気持ちが癒せるねえ。隣に女の子でも居れば尚よかったけれどねえ。高望みはしてはいけないねえ。はっはっは!!!!! 朝市で野菜など買ってちゃねえ。

 いつもながらの、明日香巡りでした。

神岳に登りて山部宿禰赤人の作る歌一首ならびに短歌
 
みもろの 神なび山に 五百枝さし しじに生ひたる つがの木の いや継ぎ継ぎに
玉葛 絶ゆる事なく 在りつつも やまず通はむ  明日香の 旧き都は 山高み 
河とほしろし 春の日は 山し見がほし 秋の夜は 河しさやけし 旦雲に たづは
 乱れ 夕霧に かはづは驟ぐ 見る毎に ねのみし泣かゆ 古へ思えば

反謌
明日香河 川余藤不去 立霧乃 念応過 孤悲爾不有國

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【名所旧跡めぐり】 真田10万石 海津城を散策し、川中島合戦を偲ぶ! [名所旧跡巡り]

 旧長野電鉄河東線(屋代線)は、平成24年4月を以て廃線となった。線路は撤去されてしまったが駅舎は残されている。木造の平屋で古き良き時代の匂いがする建物である。

 その駅から徒歩5~6分のところに海津城はある。所用で松代に来た序でに、松代の駅を撮影しておこうと思って、ホームを行ったり来たりしていたら、太鼓の鳴る音がしたので、音のする方に行ってみた。

 丁度「子供勝鬨太鼓」を演奏していた。偶々「真田10万石まつり」を開催中で、海津城の広場で、和太鼓や、吹奏楽や、合唱などを披露しているのである。松代は来年NHKの大河ドラマの舞台になる場所なので一段と気合が入っている。暫く演奏を眺めていたのだが、折角来たので、堀を渡って、城郭内を周ってみた。

   【歴史散策】 海津城 北不明門 城内を散策する!
   https://youtu.be/Mru0ITenTew

   松代10万石まつり 松代10万石 子供勝どき太鼓野外演奏
   https://youtu.be/KvTAo4dNrSQ

 松代城は、三方を山に囲まれ、一方を千曲川に面していたので、天然の要塞という趣で、平城といえども堅固な城であった。真田氏が10万石で城主となって、信州随一の大藩の城となった。

明治5年廃城となり、藩士などに払い下げになったが、のち明治37年真田氏が買い戻し遊園地として開放したり、松代藩開府300年を経て、昭和26年真田家により、松代町(当時→のち長野市に合併)に寄付され公用地となる。そのように右葉曲折あったが、石垣のみ残る城跡であったが、平成16年までの整備事業で、太鼓門・北不明門・櫓門の復元、石垣の修復、土塁・堀等の整備をされ、江戸末期の城郭空間が蘇えりました。市民の憩いの場になっています。
 
 城内を周って、川中島の合戦の時、この城と謙信の軍勢が陣を構えた妻女山はすぐ目の前にあり、また「鞭声粛々夜河を渡る~」の千曲川は、海津城の北側であるし、まさにここが川中島の合戦の舞台であったことに思いを馳せるのだった。 [松代十万石まつりは平成27年10月11日実施されたものです!]

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