So-net無料ブログ作成
神社仏閣めぐり ブログトップ
前の30件 | -

墨坂神社 須坂には墨坂神社が2社存在する! 奈良県宇陀市の「墨坂神社」より、墨坂大神を分祠!その関係に興味しんしん!? [神社仏閣めぐり]

 墨坂神社 須坂には墨坂神社が2社存在する! 奈良県宇陀市の「墨坂神社」より、墨坂大神を分祠!その関係に興味しんしん!?



須坂市には墨坂神社と称すお宮が2社あります。ものの本によると、奈良県宇陀市榛原萩原字天野に墨坂神社が存在し、須坂墨坂2社のご本社だと言われる。天皇軍東征のみぎり、大和菟田の高倉山から国見をすると、賊軍が天皇軍を防ごうと墨坂に”いこり炭”(山焼きの意味)をもって防戦したため、菟田野川の水をもっていこり炭を消火し、敵の不意を打って勝利した。墨坂の名はこの故事にちなむと、その名の由来が記されています。その墨坂社のご分社が、しかも2社が、須坂にあるのは、どういうご縁なのか前々から興味を持っていた。一説によると、墨坂大神を祀る社は3社のみという説もあり、そうだとすると一層の興味を持たざるを得ない。「何故須坂だったのか!? それも2社あるのか」と。


 さて本日この墨坂八幡社の脇道を走っていたら、神社の杜に中に、黄色い帽子を被った園児の元気の良い、声や、姿が見えたので寄ってみた。境内には、30名くらいの園児がおり、元気に飛び回っていた。小生の姿を見て、元気に挨拶をくれた。また撮影をしていると、カメラの真正面に来て、ポーズをとったり、飛び跳ねたり、実に元気が良い!子供は斯くあるべきである! 小さい頃から、近所の神社仏閣に来て、神仏に親しむということは実に良いことだ。


 ここで墨坂神社について一寸言及してみようと思う。


『延喜式神名帳』にある「墨坂神社 (信濃国・高井郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では県社。旧大字小山八幡の地。創建年代は不詳。一説に、飛鳥時代の白鳳2年(674年)という説あり。


 住古、大和部族移住に際し・・・・・・・・・・


 

つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/8190



縮小admin-ajax.jpg

 


 

記事引用・参照 参照神社と古事記



墨坂神社(宇陀)HP


玄松氏の記憶


画像・動画元 Original



 



 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

【神社仏閣巡り】杉木立に囲まれた古代以来の荘厳な雰囲気漂う真山神社を参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】杉木立に囲まれた古代以来の荘厳な雰囲気漂う真山神社を参拝する!


  


 真山千体堂の1万3千体の地蔵菩薩を参拝し、男鹿半島最突端の入道崎に向かうべく車を走らせようとしたら、もうちょっと奥の方に、真山神社があることを知る。尚も車を走らせる。鬱蒼とした鎮守の森の中に真山神社はあった。 


 【真山神社(しんざんじんじゃ)】


 秋田県男鹿市北浦真山水喰沢


 12代景行天皇の時代に武内宿禰が使命達成、国土安泰、武運長久を祈願して主祭神を祀ったとされ、明治以降は旧県社に列格されている。


 【神域「お山(真山・本山)」に祀られる神々の社】


 男鹿北部に位置する真山は、南部の本山や東部の寒風山と同様に、古くから山岳信仰の霊場として、時の支配者の庇護を受けながら栄えてきた。


その繁栄ぶりを今に・・・・・・・・・・・・・


  


  つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/8044


 


TTlBj31xwzAHjSkRPVrlyF4Ei4BDFVXXbhQSOlwR6O_9BrruMqDhwEkX4_K3TgMD62JubeUHN_yJoIY7HaoOLylO2LO2MOLF9f_y.jpg

  参考 Yahho ロコ


https://loco.yahoo.co.jp/place/g-LGHxsDpyERM/?utm_source=dd_spot&sc_e=sydd_spot_ttl


男鹿ナビ


https://www.oganavi.com/spot/38.php


 画像元 Original


 


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

万体仏!お堂の壁から屋根裏まで木彫りの仏様がびっしり1万3千体の仏様一体一体に思いが込められている! 霊気が漂うお堂! [神社仏閣めぐり]

万体仏!お堂の壁から屋根裏まで木彫りの仏様がびっしり13千体の仏様一体一体に思いが込められている! 霊気が漂うお堂!


 


  八郎潟から男鹿半島突端「入道崎」に向かう。59号線を走る。例によって、当てもなく走っていたのであるが、「日枝神社」の案内板が目に入ったので、左方向に入る。参拝後59号線に戻ろうと思ったら、西方向に「真山神社」があることが分かり、行ってみることにした。


 男鹿半島の内陸を走る「なまはげロード」から、真山神社(しんざんじんじゃ)方面へ600メートルほど進んだ左手のちょっと高くなったところに小さなお堂があった。真山の万体仏と呼ばれるお堂で、明るい外から堂内をのぞくと、何もない単なる小さな祠にしか見えません。


 三間四面の堂舎の入り口と床面を除く、四方の壁から屋根裏一面に・・・・・・・・


 


        つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/8033


 


PA120224.JPG

 


参照[男鹿市公認]秋田県男鹿の観光ガイド 男鹿ナビ


https://www.oganavi.com/spot/45.php


画像元 Original


 


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

出張明け、帰路、急ぐ旅(!?)でもなかったので、いろいろ寄ってみた!曽原館・六地蔵など! [神社仏閣めぐり]

出張明け、帰路、急ぐ旅(!?)でもなかったので、いろいろ寄ってみた!曽原館・六地蔵など!


 学生のころ、曽原高原に一軒だけあった、「曽原館」という旅館で、サークルの合宿をしたのだが、本日は、出張の帰路だったので、思い出して行ってみることにした。実に50余年振りだ。と言っても、先方にしてみれば、数ある客の、しかも50余り前の話だから覚えている訳はない! ある意味迷惑な話しだと思う。(しかも朝の8時前だから一層迷惑!)


  道は一本道で、林の中を登って行った。右側に池があったのは記憶通り。その先に建物があったのだが、以前とは変わっていた。その奥の右側に「曽原館」と看板が上がった建物があった。


  お寄りした次第を話したら、「おかあさん呼んで来るわ!」といって奥に入っていった。暫くすると、「おかあさん」が出てきて、挨拶をしたが、私自身が顔など全然記憶になかったから、さぞかし「おかあさん」も面食らった事だろう!「あの頃は、結構学生さんが、一杯来て貰って、忙しかった」と言っておられた。お忙しいだろうから、程々で切り上げ曽原館を後にした。「これ持っていて下されや!」といって、野菜などを戴いた。


  さて山を下って、八ヶ岳高原線(旧小淵沢線)の線路に沿って、佐久市方向に向かって走った。入沢というところを走っていたら、人家の前に、道路に沿って・・・・・・・・・


  


     つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/8021


 


縮小版-ajax.jpg

  JA佐久浅間  HP


http://www.ja-sakuasama.iijan.or.jp/welcomenews/monthly/play/2014/03/10:38:44.php


画像元 Original


 


 


 



nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

【神社仏閣巡り】国指定名勝の「国見山玉川寺(ぎょくせんじ)」を参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】国指定名勝の「国見山玉川寺(ぎょくせんじ)」を参拝する!


  出羽三山合祀神社を参拝し、長い修験道の道を下り、漸く鳥居まで戻った。もう日も大分落ち、あまり遠くまではいけないなと思い、本日の宿でも探すかと思い、47号線を、取り敢えず鶴岡市街地に向かって車を走らせた。暫く走ると「庭園の玉川寺」という案内板が目に入った。今日の神社仏閣巡りはもう終わりと思っていたので、「ラッキー!」と思い、ハンドルを左に切った。しかし何時もの通りの、行き先を決めない「気儘なぶらり一人旅」である。


 暫く走ると、緑の濃い一角が目に入った。杉の並木の参道を歩み山門を抜けた。流石名勝と言われる立派な庭園だった。ゆっくりと庭園を歩いた。高いところに出て、下を見たら、縁側にご住職が出ておられ、清掃をしていたおばちゃん達を労われておられた。下に降り、本堂に入り、聖観世音菩薩を・・・・・・・・・・・・・


  


   つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7995


 


P5190308.JPG

 


国見山玉川寺(ぎょくせんじ)HP


参照 http://www.gyokusenji.or.jp/gaiyo/


画像 Original


一部 yjimage http://www.gyokusenji.or.jp/gaiyo/


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E7%8E%89%E5%B7%9D%E5%AF%BA%E5%BA%AD%E5%9C%92&rkf=2&ei=UTF-8&imt=&ctype=&imcolor=&dim=large


 


 


 


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

待望の「竹内文書を継承する皇祖皇太神宮」に参拝する機会を得ることが出来た! [神社仏閣めぐり]

待望の「竹内文書を継承する皇祖皇太神宮」に参拝する機会を得ることが出来た!


  偶然というか、本屋で「竹内文書」という本と出合ったのが、この皇祖皇大神宮に関心を持った始まりであった。竹内文書は難解で、よく理解は出来ないでいるが、超古代の歴史について書かれており、「正史」により、埋もれてしまった「宇宙創造」「地球創造」が記録されている。「壮大なる偽書」と言って、一顧だにしない歴史学者が存在するが、それは歴史性(政治性)というものを無視した、安易な研究態度というものだろう! こんな長大なものを、態々偽って書く人は居ない。何らかの意味を有しているものであることは間違いない。


 さてそれはそれとして、昭和初期の弾圧により、多くの資料を没収され、空襲により、没収先の火事により焼失してしまったのだが、この文書を代々受け継いできた皇祖皇大神宮とはいかなるものか大変興味を持った。もともとは富山県富山市金屋の地にあったものであるが、北茨木の現所在地に移されたものである。


  北茨木市は、長女の連れ合いの母方の実家がある地でもあり、縁があったので、是非この


皇祖皇太神宮を訪れたいと思っていたところ、暮れの買い出しに茨木の魚市場に行くというので、皇祖皇太神宮にも寄ってくれるよう依頼し車に乗り込んだ。


  そんな皇祖皇太神宮は、竹内文献の事もあり、今まで行った神社仏閣とは異なり、若干の緊張感をもって参拝した。別にお話を聞くために、予約をした訳でもなく、ただ参拝がてら、境内を廻らせて戴いた丈であったが、実際訪れることが出来ただけで満足であった。


 【皇祖皇太神宮の由来】


太古の歴史を今に伝える、「古事記」、「日本書紀」、それらよりもはるか昔の神話を記録した古文書。はるか昔、日本の天皇(スメラミコト)の祖先が地球に降り立ったころからの、世界最古の歴史を記録した、謎の古文書のことを、「竹内文書・竹内文献」と言います。


古代歴史や古史古伝に興味がある人で知らない人はいないこの古文書を受け継いだのが、皇祖皇太神宮(こうそ こうたいじんぐう)である。3000億年前からの歴史が記載されている現代人の常識を覆す内容は神代文字「かみよもじ」で・・・・・・・・・・・・・・


  


  つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/7934


 


yjimage (10).jpg

 


 


 


https://youtu.be/EuL_Adz4jUU皇祖皇太神宮の由来 皇祖皇大神宮提供)


 https://youtu.be/zvrEdFzsvNY(皇祖皇太神宮 鳴動神事 皇祖皇大神宮提供)


 https://youtu.be/E9_y0Ohl2V8 (皇祖皇太神宮の歴史 皇祖皇大神宮提供)


 


 記事参考 皇祖皇太神宮HP


http://www.kousokoutaijingu.or.jp/


ウイキペディア


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E7%A5%96%E7%9A%87%E5%A4%AA%E7%A5%9E%E5%AE%AE%E5%A4%A9%E6%B4%A5%E6%95%99


 動画元 http://www.kousokoutaijingu.or.jp/movie/


画像元 Original


画像元 yjimage


https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E7%9A%87%E7%A5%96%E7%9A%87%E5%A4%AA%E7%A5%9E%E5%AE%AE


 


 


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

【奈良弘仁寺】農道を進む!本当にこの先に「お寺」があるのかと思い乍ら先を急ぐ!静かないいお寺だった! [神社仏閣めぐり]

農道を進む!本当にこの先に「お寺」があるのかと思い乍ら先を急ぐ!静かないいお寺だった!


  何時もの事だが、我が「神社仏閣名所旧跡巡り」は、「予定を全く立てていない」風来坊の様な「ぶらり一人旅,」である。今回も何処に行くかは全く未知(!?)であり、何となく南に向けて走っていたら、京都と奈良の県境まで来てしまった。こうなれば今回は奈良の寺院参拝だな!」と決める!24号線を南下し、 169号線に入り、更に南下すると、「帯解寺」という何とも悩ましい「お寺の案内板」が目に入った。ちょっと興味を持ったが、駐車が難しそうだったので、今回はパス。更に進むと、「山の辺の道」という案内板が目に入ったので、中之庄の交差点を左折した。高樋町に至たり、右折。前方に虚空蔵山という山が目に入ってきた。そこに「弘仁寺」というお寺があるという事が案内書に書かれてあったので行ってみる事にした。


  ここ迄来ると、辺り一面は田園風景となる。農道の幅広くなっているところに車を停め、虚空蔵山に向かって歩く。まあ!あぜ道というか、農道を歩いているのだが、「本当にこの先にお寺があるんかい!」という風景が続いた。


  漸く山門に辿り着いたが、境内は広く、特徴あるお堂が・・・・・・・・・・・


 


     つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/7919


 


11250063.JPG

参照 弘仁寺HP


http://www.kouninji.org/kouninjiHISTORY.php


画像元 Original


画像元 yjimage


https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E5%BC%98%E4%BB%81%E5%AF%BA+%E5%A5%88%E8%89%AF&rkf=2&ei=UTF-8&imt=&ctype=&imcolor=&dim=widewallpaper#mode%3Dsearch


 


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

長勝寺 全国でも珍しい栄螺 (さざえ) 堂<青森県弘前市禅林街>に参る! [神社仏閣めぐり]

長勝寺 全国でも珍しい栄螺 (さざえ) 堂<青森県弘前市禅林街>に参る!


 


 弘前には、寺が密集している禅林街(上寺通りと下寺通りがある!そこに33の禅寺(全て曹洞宗)が集まっている!全国的に珍しい)という場所がある。その中の長勝寺に、市指定有形文化財の、八角形の仏堂がある。(鍵は蘭庭院が管理している)内部は右回りの回廊と直進階段を併用して昇り降りします。東北では2つだけ(もう1つは福島県)しかなく貴重な建物となっているとのことです。


 外観見学は自由。


館内の拝観は事前に蘭庭院に連絡する。鍵を渡して貰える。


 【栄螺堂概要】: 栄螺堂は禅林街(弘前藩2代藩主津軽信枚が弘前城の南西方向の出丸として領内の曹洞宗寺院を33カ寺を集めた寺町)、「上町通り」に位置し、天保10年(1839)に天明、天保と大飢饉が続き弘前でも多くの餓死者が発生し無縁仏となった死者や、海難で命を失った死者の御霊を弔う為、豪商中田嘉兵衛が・・・・・・・・


        


    つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7912


 


o0490034911754002700.jpg

記事参考 


http://www.aotabi.com/ao/hirosaki/sazae/05syasin.html(青森県歴史観光案内所HP


http://www.aptinet.jp/Detail_display_00002206.html


画像元 yjimage Original


画像元 yjimage(一部)


https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E9%95%B7%E5%8B%9D%E5%AF%BA+%E3%81%95%E3%81%96%E3%81%88%E5%A0%82


 


 


 


 


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

日本唯一の「四方懸造」の建築様式を誇る笠森観音を参拝する! [神社仏閣めぐり]

日本唯一の「四方懸造」の建築様式を誇る笠森観音を参拝する!


    小生の現役時代の最初の赴任は、昭和45年千葉支店で、2年半在籍し、昭和55年再び千葉支店へ、2年半で、長野へ転勤、松本、本社と経て、平成7年再び千葉支店へ。(同じ支店に再赴任することは先ずありませんが、小生の場合は3度も赴任)そんな訳で、千葉全県の得意先を担当する。この笠森漢音は、ある時偶然に見つけたのであるが、千葉県の略真ん中に位置する為、商談待ちの空き時間などによく行った寺院です。お寺は笠森のど真ん中にあり、鬱蒼とした森は、空気も澄んでおり、静かで癒されました!


 笠森観音は、延暦3年(784)伝教大師最澄上人が楠の霊木で十一面観世音菩薩を刻み山上に安置し、開基されたと伝えられています。


観音堂は長元元年(1028)後一条天皇の勅願により建立され、その建築様式は日本唯一の「四方懸造」として明治41年(1908)「国宝」に、その後昭和25年(1950)「文化財保護法」の制定により「国指定重要文化財」となっています。 周辺の山々は「県立笠森鶴舞自然公園」に指定されており、特に観音山は昭和45年(1970)「国指定天然記念物笠森自然林」として保護されています。


また笠森寺は「坂東三十三観音札所」の第三十一番札所として古来より巡礼の霊場となっています。


 山号       大悲山


宗派       天台宗


本尊       十一面観世音菩薩


創建年    延暦3年(784年)


開基       最澄


正式名    大悲山 楠光院 笠森寺


別称       笠森観音


霊場等    坂東三十三観音霊場 第三十一番札所


文化財    観音堂、釣燈籠(国の重要文化財)


住所  千葉県長生郡長南町笠森


 【笠森寺観音堂】


「日本でただひとつ『四方懸造り』として・・・・・・・・・・・


  


   つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7900


                 (笠森観音の動画もあります)


8yjimage.jpg

 


 記事参照 笠森観音HP


http://kasamori-ji.or.jp/story/


動画 https://youtu.be/Zn_fUFwxehg(笠森観音提供)


画像元 Original 


画像元 yjimage https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E7%AC%A0%E6%A3%AE%E8%A6%B3%E9%9F%B3+%E5%8D%83%E8%91%89%E7%9C%8C


 


 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

1,400年以上の歴史を誇る榛名神社!独特な奇岩・眷属から発せられるパワースポット! [神社仏閣めぐり]

1,400年以上の歴史を誇る榛名神社!独特な奇岩・眷属から発せられるパワースポット!


 


1,400年以上の歴史を誇る榛名神社!火の神と土の神を祀り、開運や五穀豊穣、商売繁盛のご利益があるといわれています。また、は神聖な空気が漂うパワースポットとして多くの人たちが参拝に訪れている人気スポットです。


 【主祭神】


 ・火産霊神 (ほむすびのかみ、火の神)


 ・埴山毘売神 (はにやまひめのかみ、土の神)


 【合祀神】


 ・水分神 (みくまりのかみ、水の分配を司る祈雨の神)


 ・御沼おかみ神 (みぬまのおかみのかみ、水の神)


 ・大山祇神 (おおやまづみのかみ、大いなる山の神)


 ・大物主神 (おおものぬしのかみ、大国主神の和魂)


 ・木花開耶姫神 (このはなのさくやひめのかみ、木花を咲かせる水の神)


 


綏靖天皇の時代に饒速日命の御子、可美真手命父子が山中に神籬を立て天神地祇を祀ったのが始まりといわれ、用明天皇元年(586年)に祭祀の場が創建されたと伝えられる。


延長5年(927年)完成の延喜式神名帳に上野国十二社として位置づけられている。古くから神仏習合が定着し、山中には・・・・・・・・・


  


    つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7891


  


harunajinja-l.jpg

 


参照 ウイキペディア


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%9B%E5%90%8D%E7%A5%9E%E7%A4%BE 開運の神社・パワースポット「関東編」


http://jin-power.com/modules/todoufuken/index.php?content_id=61


榛名神社HP


http://www.haruna.or.jp/


高崎市HP


http://www.city.takasaki.gunma.jp/kankou/history/harunajinja.html


 画像元 yjimage Original


 


 


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

「今を変えたいひと」が訪れ参拝する 「別当達谷西光寺と達谷窟毘沙門堂!(岩手県平泉)最強のパワースポット! [神社仏閣めぐり]

「今を変えたいひと」が訪れ参拝する 「別当達谷西光寺と達谷窟毘沙門堂!(岩手県平泉)最強のパワースポット!


 


 平泉の諸堂が存在する「中尊寺」を「毛越寺」などの寺域から、西方向に更に行くと岩にへばりついたような、ユニークなお堂がある。パンフレットか何かで、見たときに、是非訪れたいと思っていたお堂である。


さてそのお堂であるが、達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門堂と称され、1200年も昔に開かれた由緒あるお堂。奥州藤原3代が栄華を極めた頃より更に昔のことで、岩肌にくっ付くように建てられた毘沙門堂が特徴的である。再生や金運UP、縁切りと、「現実を変えたい」と願う人にお勧めのパワースポットとなっている。


この達谷窟は、別当・達谷西光寺(たっこくせいこうじ)にあります。お寺なのに鳥居があり毘沙門堂は神域で・・・・・・・・・


  


  つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7875


 


10070063.JPG

トラベル アップ


http://guide.travel.co.jp/article/3762/


画像 Original (東北北統轄支店在勤中撮影)


 


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

児持山七社、あるいは吾妻七社明神と称される神社の一つ。通称は、和利宮!吾妻神社(群馬県中之条)を参拝す! [神社仏閣めぐり]

児持山七社、あるいは吾妻七社明神と称される神社の一つ。通称は、和利宮!吾妻神社(群馬県中之条)を参拝す!


 


 現住所と仕事先と異なる身であるため、長野と千葉間を往復しなければならない宿命(!?)を持つ。高速長野道 ☞ 関越道を使うルートが普通だと思うが、同じ道を通るのも芸がない。という訳で、夏場は、群馬県嬬恋村から中之条、国道17号に抜けるルートを利用することが多くなった。


  急ぐこともない移動なので、途中神社仏閣名所旧跡が目に入れば、時間を取って、寄り道することが多い。


  という訳で、中之条を通り掛かった際、大きな鳥居が目に入ったので、車を降り、参拝することにした。


 御祭神


大穴牟遲神


菅原道眞 大山祇命 火産靈命 速須佐之男命


天照皇大神 大日靈命 軻遇突知命 豊宇氣姫命


豊受大神 宇氣母智神 宇迦之御魂神 大物主命


日本武尊 埴山比賣命 市杵嶋姫命 別雷神


速玉男命 伊弉冉命 事解男命 建御名方命


八坂刀賣命 経津主命 天之御中主尊


木花開耶姫命 橘姫命 武甕槌命 麓山祇命


祭神不詳二十六座


 


【創祀年代は不詳】


 一説には和銅年間の創祀とも伝えられる古社だが・・・・・・・・・・・・


  


   つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7865


 


admin-ajax.jpg

 


画像 Original


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

下総国一宮・東国三社の一社・宮中の四方拝で遥拝される一社として格式ある香取神宮を参拝する! [神社仏閣めぐり]

下総国一宮・東国三社の一社・宮中の四方拝で遥拝される一社として格式ある香取神宮を参拝する!


 


 香取神宮は、千葉県香取市香取にある神社。式内社(名神大社)、下総国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。関東地方を中心として全国にある香取神社の総本社。茨城県鹿嶋市の鹿島神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社。また、宮中の四方拝で遥拝される一社である。


 千葉県北東部、利根川下流右岸の「亀甲山(かめがせやま)」と称される丘陵上に鎮座する。日本神話で大国主の国譲りの際に活躍する経津主神(フツヌシ)を祭神とすることで知られる、全国でも有数の古社である。


 古くは朝廷から蝦夷に対する平定神として、また藤原氏から氏神の一社として崇敬された。その神威は中世から武家の世となって以後も続き、歴代の武家政権からは武神として崇敬された。現在も武道分野からの・・・・・・・・・・・


 


       つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7855


 


yjimage.jpg

 


記事・画像 引用・参考元 wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%99%E5%8F%96%E7%A5%9E%E5%AE%AE


画像元 original


 


 


 


nice!(2)  コメント(0) 

銀杏山神社の大銀杏に感動! 今回も走りに走ったり! 秋田・青森の「ぶらり一人旅!」 [神社仏閣めぐり]

銀杏山神社の大銀杏に感動! 今回も走りに走ったり! 秋田・青森の「ぶらり一人旅!」

   いつもの通り何処に行くとも計画は無く、盛岡のアパートをフラッと出て、「さて今日は何処に行こう!?」と考えながら車を走らせる。交差点の標識などを見て、衝動的に、ハンドルを切っていくのだが、「本日は、仙岩峠を超え・・」どうやら(!?)秋田県に向かい車を走らせる気配になってきた。

 仙岩峠を抜け、何回も来ているが、田沢湖に寄ることにした。日本一の水深を誇る湖だ。本日は湖の北側に行ってみることにした。御在石神社を参拝。「当て無き気儘旅」の無事を祈る。ここで漸く、「今日は何処に行こうかな!?」と地図を広げ、(当時は未だカーナビは一般的ではなかったからこう言うアナログ対応でドライブしたものだ!)序にお断りしておきますが、この記事も、盛岡在勤中に撮った画像をもとに、当時を思い出しつつ書いているので、予めご承知おきください!

 先日ある人に逢ったら、「毎日いろんなところに行けて優雅な生活を送っていますね!」と言われ、「??!!」当の本人が何を言われているのか分からなかった。昨日は青森、今日は秋田、その間に京都在勤中の長岡京の記事を挟み、明日は都内の深川不動尊などとやっている訳で、こりゃあ!成程優雅だ!!! 実際は前述したように、当時から溜め置いた画像を基にしている丈ですので‥‥!!!ご承知おきください。

 さてこれからどうしようかと思案したのだが、本日は、この御在石神社から、西方向に、相内潟に出る道があることが解り、そこから・・・・・・・・・・・・・・

  

つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7832

 

PA120355.jpg

 

 

(※五社堂・鵜ノ崎・唐松神社については既報 http://mahoroba19.com/archives/7497 をご覧ください!)

 参照元 秋田県能代市HP 環境産業部 観光振興課

http://www.city.noshiro.akita.jp/c.html?seq=951

画像元 青森県観光情報ネット アプテイネット

http://www.aptinet.jp/Detail_display_00000073.html

その他画像 Original

 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

【神社仏閣巡り】金剛山鑁阿寺(ばんなじ) 足利の大日様で名が通っている古刹!【真言宗大日派の本山】 [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】 金剛山鑁阿寺(ばんなじ) 足利の大日様で名が通っている古刹!【真言宗大日派の本山】


  


なにやらこの難しい寺の名前は、鑁阿寺(ばんなじ)と読む。地元では、この難しい呼び名は、あまり使われる事は無さそうで、「足利の大日様」の呼び方で通っているそうだ。


 私は現住所が千葉県の習志野で、信州の方は、仕事の都合で、使っているのであるが、小生の実家である。両親は10年ほど前亡くなっていて、長男である私が、管理方々住むようにしているのである。


  夏場は、距離や時間の関係で、高速長野道を使わず、峰の原・菅平両高原を経由し、明神沢を抜け、四阿高原を通り、鳥居峠越をし、群馬県嬬恋村から、国道17号に至り、そこから高速に入り、川越に抜けるコースをよく走った。そんな関係で、桐生市辺りはよく通ったのだが、そこら辺を走っていると、よく足利学校の案内板を見かけたので、距離は大分あり、寄り道になってしまうのだが、1度は行ってみようと思っていた。


 足利学校は、日本最古の学校という事だが、念願敵って,見学することが出来た。足利学校は稿を改めます。さて足利学校の見学を終えて、他に何か見所がないかなあと思っていたら、極近くに古いお寺があったので行ってみた。


 金剛山鑁阿寺という寺院だったが、先ず思った事・・・・・・・・・・・・


 


      つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/7770


 


hondou002.jpg

 


 所在地


足利市家富町2220Tel.0284-41-2627(鑁阿寺)


 


 記事参照 栃木県足利市「素通し禁止 足利」


http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/site/ashikaga-kankou/i-bannaji.html


記事参照 大日尊鑁阿寺


http://www.ashikaga-bannaji.org/kentiku.html


 


画像元 yjimage 本人Original 


 


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

【神社仏閣名所旧跡巡り】 紫陽花と五百羅漢の寺 夥しい数の羅漢像!1つ1つ違う表情に和む! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣名所旧跡巡り】 紫陽花と五百羅漢の寺 夥しい数の羅漢像!11つ違う表情に和む!


 本日は休日だが、仕事の段取りが悪く、納品のトラブルの後処理をしなければならなかったので出勤日となってしまった。セールス持参と相成る。向かう先は市原。さして距離は無く、ここ一軒丈の訪問。休日出勤扱いにはしなかったので、終わったら一寸趣味の「神社仏閣名所旧跡」でもしよう。そんな訳だから、例の如く、行き先は決まっていない。


 得意先には、8時半に到着。不手際をお詫びし、商品を納入させて戴いた。これで仕事は終わり。


  ちょっと房総の奥の方に行ってみようと思い、21号線に出たので、北方向に走る。東国吉に出たら、128号線に入る交差点に出たので、右折。暫く走ったら、中野という場所に出た。「紫陽花と五百羅漢の光徳寺」という案内板が・・・・・・・・・


  


   つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7759


 


admin-ajax.jpg

 


 http://chiba-saibu.net/index.pl?actmode=Map


 


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

【神社仏閣巡り】 東京の銭洗い弁天といわれる小網神社(東京都中央区日本橋小網町)に参拝する! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】 東京の銭洗い弁天といわれる小網神社(東京都中央区日本橋小網町)に参拝する!


  所用があって日本橋に来た。商談は順調に行った! 帰り道、違う道を通って、駅に向かって歩いていたら、鳥居の前に、社名の入った提灯が目に止った。都区内の神社なので、規模は小さく、社殿などが窮屈そうに立っている。それでも境内は緑を目一杯配していた。本日の仕事がうまくいった報告をし、手を合わせた。


 ご祭神は、倉稲魂神(稲荷大神)


市杵島比売神(弁才天)


福禄寿 他


 【小網神社御由緒】


  武蔵国豊島郡入江というところに、万福庵という観世音と弁財天とを安置する庵がありました。この庵は恵心僧都の開基で、観世音と弁財天も僧都の作と伝えられています。開基の年代は明らかではないが、恵心僧都の生存期を考えれば、今からおよそ千年前ということになる。


  文正元年(西暦1466年)、入江一帯で悪疫が流行し、人々は困り果てていました。そんな中、網師の翁が海上で網に掛かった稲穂を持って庵を訪れ・・・・・・・・・・・


  


  つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7751


 


yjimage (13).jpg

 


 強運・厄徐 東京銭洗い弁天 小網神社


http://www.koamijinja.or.jp/history.html


画像元 Original


一部(龍・銭洗い風景)yjimage


https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%81%93%E3%81%82%E3%81%BF%E7%A5%9E%E7%A4%BE+%E6%9D%B1%E4%BA%AC


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

【神社仏閣名所旧跡巡り】 出羽三山ご祭神(山形県鶴岡市羽黒町手向7羽黒山頂)を合祀した出羽三山神社! 巨大な萱葺き屋根の社殿に圧倒される! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣名所旧跡巡り】 出羽三山ご祭神(山形県鶴岡市羽黒町手向7羽黒山頂)を合祀した出羽三山神社! 巨大な萱葺き屋根の社殿に圧倒される!


 


P5190236.JPG

  出羽三山(月山、羽黒山、湯殿山)の三神をあわせて祀る三神合祭殿とのこと。出羽三山とは羽黒山、月山、湯殿山の総称で、明治時代までは神仏習合の権現を祀る修験道の山であった。明治以降神山となり、羽黒山は・・・・・・・・・


  


   つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7739


 


  P5190197.JPG


 


出羽三山神社HP


http://www.dewasanzan.jp/


画像 Original


 


 


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

日本三大長谷観音がご本尊の、赤田長谷観音(秋田県由利本荘市)を訪れる! [神社仏閣めぐり]

日本三大長谷観音がご本尊の、赤田長谷観音(秋田県由利本荘市)を訪れる!

 

 盛岡に転勤となって、早や2年が立った。我が社は大体2年半から3年で転勤になる場合が多い。この2年間、北東北の3県については、本当によく回った。しかし南東北3県は行った事が余りなかったので、これからこの3県へ意識的に行ってみようと相成った。という訳で、この3連休は、出羽三山周辺に行ってみようと思い立った。

 さてその初日、例によって何の準備もせず盛岡を出発。兎に角ひたすら車を走らせた。今回は、仙岩峠から、田沢に出て、大曲へ。前回は横手、湯澤・雄勝を通って、山形県に入ったので、今回は別のルートにしようと、108号線を走ることにする。(未だカーナビなど普及していなかった時代)漸く由利本荘市に到着(後で地図を見たら怖ろしく遠回りをしたことが解り唖然!)。ここで城跡などを散策し、「さて今日はどうしよう」と初めて検討。地図を見ていると、「赤田観音」というのが目に留まった。そんな動機で赤田観音=長谷寺(ちょうこくじ)を訪れたのであった。

 秋田三十三箇所観音霊場第8番札所。正法山長谷寺は、1775年(安永4年)、亀田藩の僧是山泰覚により・・・・・・・・・

  

    つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7710

 

P5170104.JPG

 

記事・画像 original

盛岡在勤中の画像です。

参考元 wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%AF%BA_(%E7%94%B1%E5%88%A9%E6%9C%AC%E8%8D%98%E5%B8%82)?action=edit

 

 

 

 

 

 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

この南屋島の権現様が祀られている場所は、昔の千曲川の渡しの舟付場であった。対岸は須坂である。 [神社仏閣めぐり]

 この南屋島の権現様が祀られている場所は、昔の千曲川の渡しの舟付場であった。対岸は須坂である。




 度重なる洪水で、この付近の堤防が幾度となく決壊していることから、水難除けの神が祀られた。南屋島では、権現様は皇大神宮(産土神)と共に里人の心の拠り所になっている。この場所には、土手側から、真中社、戸隠社、金毘羅宮、水天宮が祀られています。

 【千曲川】 南屋島河原に祀られている権現様ほか 千曲川の安全を見守る!
 https://youtu.be/JDfbtzpB4wE

 【千曲川】 屋島橋河原 千曲の流れ滔々の調べも激しき今宵かな!(須坂高校逍遙歌の一節)
 https://youtu.be/NgpsF_7ALGA 屋島橋直下

 【花紀行】 千曲川ふれあい公園[小布施]  河原の菜の花畑
 https://youtu.be/xmtulx0I50M  小布施橋直下

 【さくら紀行】千曲川村山鉄橋下 権現堂桜並木 日本の原風景なり
 https://youtu.be/2YXsTmYquhw 村山橋直下

 真中社・・内務省直轄水害防止工事を指揮した役人の中村真三氏をはじめとする工事関係者に・・・・・・・・・・



  



       つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7663



 


maxresdefault.jpg


 



記事 original



動画 original



画像 Original



 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

【神社仏閣めぐり】 京の都ぶらり一人旅! 随心院唐棣<はねず>踊り見聞記! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣めぐり】 京の都ぶらり一人旅! 随心院唐棣<はねず>踊り見聞記!

 

 今日は雨模様でしたが、「唐棣<はねず>踊りは、屋外から屋内に切り替えて行われました。唐棣とはうす紅色のことをいいますが、京の山科小野の、真言宗「善通寺派曼荼羅寺随心院門跡」は紅梅の名所としてつとに有名ですが、特にこの寺の紅梅は、唐棣と呼ばれ、古くから親しまれてきました。

 この随心院は、小野小町縁の寺で彼女を慕う深草の少将の百夜通いの話は有名です。少将は誠に悲運と言うか、悲願をこめて、通い続けたにも拘わらず、99日目の大雪の日に、代人を立てたのが運の尽きで、儚い恋に終わってしまったのであります。<98日も頑張ったのだから、幾ら雪でも自分で行くべきでしたなあ。「そんな雪でもよう来て下さいました」なんて感激されてハッピーエンドだったものを!!! 根性が無かったなあ!!!残念!!!>

 

その後の小町は、毎年「はねず」の咲く頃、老いの身も忘れたように、里の子供たちと、楽しい日々を過ごしたと言う。

 

「はねず踊り」は、この随心院に伝わる、小野小町の伝説を、テーマとしたものであるが、童歌の類の常として・・・・・・・・・・・・・・・・

(小生京都在勤中の記事です)

  

    つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/89

 

yjimage (28).jpg

 記事 original

画像元 Original

画像元 Original  

yjimage (一部) 

https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%81%AF%E3%81%AD%E3%81%9A%E8%B8%8A%E3%82%8A+%E9%9A%8F%E5%BF%83%E9%99%A2

 

 

 

 

 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

【神社仏閣めぐり】山形ぶらり一人旅! 注連寺参拝! ご住職につきっきりで案内して戴いた! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣めぐり】山形ぶらり一人旅! 注連寺参拝! ご住職につきっきりで案内して戴いた!


 


 さて大日坊を後にして、坂を下っていくと、「注連寺」という案内板が目に入った。最初大日坊の別名なのかなと思ったが、方向が全く異なるような感じなので、兎に角矢印に沿って走ってみた。大日坊とはまた違った山の斜面にそのお寺はあった。外見はそこかしこにあるような全く何処にでも見られるようなお寺だった。「まあ折角来たのだから参拝ぐらいはして行こう」と思い、階段を上がり、お寺の正面に出た。そこには善光寺のご開帳で言うところの「回向柱」が立っており、柱からは、お寺の扉に向かって「善の綱」が伸びている。「あれこのお寺もご開帳なのかな???」と思った。


 さてご本尊の正面に立って、先ず「鈴」を鳴らしたら,脇の扉から、ご住職と思われる方が突然出てこられたので、こっちは少々面食らった。私は、先ずお寺などに立ち寄ると、正面入り口のところや、仁王門、そして、その門を背にして、お堂の正面を先ず写真に撮ります。おそらくご住職は、私が階段を上がり切ったあたりで、「(なにやら変てこな親父が朝早くから)入って来たな!!!」と私の姿を・・・・・・・・・


  


  つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/480


 


yjimage (3).jpg

 


記事 original


画像 Original


即身仏


https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E6%B3%A8%E8%93%AE%E5%AF%BA+%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E4%BB%8F


 


 


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

【神社仏閣名所旧跡巡り】 籠神社 日本創生の秘密をにぎる元伊勢神宮(奥宮眞名井神社)! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣名所旧跡巡り】 籠神社 日本創生の秘密をにぎる元伊勢神宮(奥宮眞名井神社)!


 このところ「ミステリーな記事」をUPしているが、今回は「籠神社」に付いてです。


 【アマテラス御巡幸】


 神武天皇から9代の間は、神と天皇が皇居の中にいっしょにお奉りされる同殿同床でした。 10代目の崇神天皇・6年のときに神慮を畏み、倭笠縫邑[やまとかさぬいむら]にうつして、皇女豊鍬入姫命が奉斎することとなり、同58年に御室嶺上宮[みむろのみねのうえのみや]を奉斎地と定めて終わりました。それから2年後、自らの役目を姪[いもうと]である皇女倭姫命に託し、御杖として、天照大神を奉らせました。倭姫命は天照大神の鎮まるべきところを求めて、各地を巡幸し、最終的に伊勢国に辿り着き


「この神風の伊勢の国は常世の浪の重浪よする国なり。                  傍国のうまし国なり。この国に居らむと思う」


との神慮を得て、五十鈴の川上に鎮座されたのが内宮のはじまりとされています。


 


1番目ご巡幸地の籠神社】


天照大神が最初に巡幸した神社で元伊勢のひとつ。もともと丹後国の総氏神である籠神社の祭神・豊受大神(とようけのおおかみ)と共に祀られた。20数社ある元伊勢のなかでも随一の・・・・・・・・・・・・・・


  


つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7555


 


yjimage (70).jpg

 


記事・画像 引用・参考元 Yahoo News 


https://loco.yahoo.co.jp/place/g-CXgwQ8jO_U2/?utm_source=dd_spot&sc_e=sydd_spot_ttl


    http://japantemple.com/2017/03/28/post-2321/


画像元 original


 巡幸図引用 


https://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/53070432.html?__ysp=44Ki44Oe44OG44Op44K5IOW3oeihjA%3D%3D


地図は近江雅和『記紀解体─アラハバキ神と古代史の原像』より


アマテラスと豊鍬入姫及び倭姫の「元伊勢」巡行順路(「倭姫命世紀」などの記述から)


 


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

秋田の旅 赤神神社五社堂 ☞ 日本の渚100選 鵜ノ崎海岸 ☞ 唐松神社の旅! 雨の中秋田のパワースポットを走り抜ける! [神社仏閣めぐり]

秋田の旅 赤神神社五社堂 ☞ 日本の渚100選 鵜ノ崎海岸 ☞ 唐松神社の旅! 雨の中秋田のパワースポットを走り抜ける!


 又もや思い付きで、秋田の海岸端を走り、青森との県境を過ぎ、黄金崎不老ふ死温泉  の露天風呂に入って、Uターンし今度は南下する。八郎潟に入り、略一周し、男鹿半島入道崎に出て、更に鵜ノ崎海岸を抜け、盛岡への帰路に付く。しかし、なんだなあ!疲れちまったよ! マダマダ見所はありそうだし、急ぐ旅でもねえし!そんなことを考えながら、暗くなってきた海岸端を走り抜く!そうこうしているうちに、男鹿に着く。丁度駅前に、古い旅館があったので、今日はここに泊まることに決めた! もう7時ころだったが、何とか泊めて貰うことが出来た。


 翌朝小雨模様だったが、昨日来た道を逆走し、鵜ノ崎海岸を抜け、赤神神社五社堂を目指す。


 【赤神神社 五社堂】そのⅠ


 鬼が積んだ999段の階段。


五社堂への石段には地元では有名な言い伝えがあります。およそ2000年の昔、漢の武帝が5匹のコウモリを連れて男鹿にやってきた。コウモリは5匹の鬼に変わった。武帝は5匹の鬼たちを家来として使ったが、1年に一度正月を休みにさせました。鬼たちは大喜びして里へ降り、作物や家畜を奪って大暴れし、ついには里の娘までさらっていくようになりました。困った村人たちは、一夜で千段の石段を築くことが出来れば1年に1人ずつ娘を差し出すが、もし出来なかった時には二度と里に降りてこない、という賭けをしました。鬼たちは精魂を尽くして積み上げあと一段!正に完成寸前、というところで「コケコッコー」と一番鶏の鳴き声。鬼たちは諦めて、約束通り山奥へと立ち去ったという。この鳥の鳴き声は、モノマネの上手な村人が石段完成を阻むために鳴き真似をしたとか、いつも鬼に馬鹿にされている天邪鬼が腹いせに鳴き真似をしたとか言われている。鬼が来なくなって何か心寂しく感じた村人たちが、年に一度正月15日に鬼の真似をして村中を回り歩く様になったのが、あの・・・・・・・・・・・・・・


  


   つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7497


 


PA130050.JPG

 


   記事引用参考元は、それぞれの項の下に明記。


 


   画像元 original


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

【神社仏閣名所旧跡巡り】 須坂藩主菩提寺 臥竜山興國寺!1番の見所は臥竜梅!近所の婆様と偶然逢う! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣名所旧跡巡り】 須坂藩主菩提寺 臥竜山興國寺!1番の見所は臥竜梅!近所の婆様と偶然逢う!


 須坂市の市民の憩いの場である、臥竜山(臥龍公園)の東側に臥竜山興國寺はある。 明応2(1493)に天英祥貞和尚によって開かれた。山号は臥龍山。曹洞宗。ご本尊は釈迦牟尼如来。境内には、臥龍梅・しだれ桜・松など古木のある境内に本堂・山門・経蔵・開山堂・庫裏・衆寮などがあり古寺の佇まいをみせている。左甚五郎伝の鶴・亀などの彫り物がある。山門は大正3年に台風で倒壊し同7年の再建。仁王像は須坂が生んだ名工古川東晨(しん)作。 須田氏・武田信玄・松平忠輝などの諸侯が篤く遇し、須坂藩主堀家の菩提寺でもある。臥竜山の麓にあり、臥竜山山頂に至る小道には、百番観音や、堀家の霊廟や、観音堂などが点在する。また須坂市民の憩いの場である臥龍公園も興國寺寺領であった。


  この寺で有名な物の1つに、梅の古木がある。臥龍梅と称す!枝張は約14m。親木は臥竜の名のとおり枯木となり捻じれて・・・・・・・・


     


      つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7457


 


102-1.jpg

 


記事・画像 引用・参考元 須坂のおたから


http://www.city.suzaka.nagano.jp/otakara/search/item.php?id=362


http://www.city.suzaka.nagano.jp/otakara/search/item.php?id=162


画像 original


動画 original  


 


 


 


 


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

神社仏閣巡り】富岡八幡宮 日本一の重量神輿!横綱碑・大関碑・伊能忠敬碑などで有名! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】富岡八幡宮 日本一の重量神輿!横綱碑・大関碑・伊能忠敬碑などで有名!

 

所在地    東京都江東区富岡一丁目203

主祭神    品陀和気命他八柱・創建    寛永4年(1627年)・例祭815

主な神事 粟島神社献針祭、七渡神社例祭、富士浅間神社例祭他

富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)は、東京都江東区富岡にある八幡神社。横浜市金沢区にある「富岡八幡宮」を本社とし、別名を「深川八幡」ともいう。深川不動尊と隣接。

1624年(寛永4年)、長盛法師が神託により砂州であった当地を干拓した。その際工事が難航したため、「波除八幡」の別名を持つ「富岡八幡宮」(横浜市金沢区。1190年代の建久年間に源頼朝の勧請により創建)から分社して同じ社名を許され、永代島に八幡宮を建立したことが創建とされる。創建当時は・・・・・・・・・・・・・・

  

   つづきはこちらから ☞  http://mahoroba19.com/archives/7253

 

DSCF0613.JPG

 

記事・画像 引用・参考元 wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%B2%A1%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE

画像元 yjimage (神輿渡御)

https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E5%AF%8C%E5%B2%A1%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE+%E7%A5%9E%E8%BC%BF&rkf=2&ei=UTF-8&imt=&ctype=&imcolor=&dim=large

その他画像 Original

 

 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

【神社仏閣巡り】深川不動尊(成田山東京別院)都内最強スポット! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣巡り】深川不動尊(成田山東京別院)都内最強スポット!


 元禄年間に江戸市民を中心に急激に不動尊信仰が広まり、成田山新勝寺のご本尊、不動明王を江戸で参拝したいという気運が高まる。元禄16年(1703年)、深川永代寺境内、現在の深川不動堂付近で始まった出張開帳が深川不動の起こりで、明治14年(1881年)深川不動堂が完成。周辺は門前町として江戸の情緒を色濃く残しており、納め不動(1228日)や縁日には多くの人で賑わっている。当寺は、15回(年末年始などでは6回)=911131517時(約25分)年末年始などでは更に、19時~ 護摩修行が行われ、私が知る限りでは、最も「豪快(!?)」なお護摩となっている。上京の折には必ず参拝するように・・・・・・・・・・


 


   つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7219


 


DSCF0576.JPG

 


参考 https://loco.yahoo.co.jp/place/g-rIypuDTFUnE/?utm_source=dd_spot&sc_e=sydd_spot_ttl


動画


    https://www.youtube.com/watch?v=lAjQiD-q0E0  公式サイト


    https://www.youtube.com/watch?v=dFMVuu5yNIE


画像 Original


 


 


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

【須坂探訪】天徳寺参道を見守る地蔵尊! [神社仏閣めぐり]

【須坂探訪】天徳寺参道を見守る地蔵尊!


 


 このところ天徳寺に随分拘っているが、今回は天徳寺の参道を見守る地蔵尊の話である。


須坂市では市内の神社仏閣名所旧跡などには、案内板を設置しているが、それに依ると、次のような記述がされている。[須坂藩12000石、四代藩主堀直矩(なおのり・後に直佑公<なおすけ>)は信仰心篤く、天徳寺についても深く保護された。参道が狭かったので、巾3間、長さ180間の大門通りを寄進され、入り口に山門も建ち、沿道には数体の地蔵尊を祀り、池を配した庭園も造られたと伝わる。


 


天徳寺は坂田山尾根筋に建つ、こじんまりとした寺院だが、その規模は須坂藩主の保護もあり、かなりの規模であったという。辻の地蔵尊はその名残りで、現在2体が・・・・・・


  


  つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7107


 


縮小版admin-ajax.jpg

 


参考


http://www.city.suzaka.nagano.jp/otakara/search/item.php?id=506#prettyPhoto


動画・画像 original。


 


 


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

【神社仏閣めぐり】 坂田山の麓に建つ天徳寺!入口の筆塚に想う! [神社仏閣めぐり]

【神社仏閣めぐり】 坂田山の麓に建つ天徳寺!入口の筆塚に想う!


 


 坂田山天徳寺は、須坂の里山「坂田山」のふもと、また須坂市営「坂田霊園」の入口に位置する寺です。小生の家の墓が、偶々この霊園にあるので、時間があれば、階段を登り、拝観するようにしています。また天徳寺の裏手の高台からは、北信五岳や、北アルプスが見渡せます。晴れた日の午前中は「カスミ」が掛からず遠くまで山容を見ることが出来ます。


  天徳寺井上源氏三郎満定の九男静実が真言宗天徳寺を創建したのがはじまりとされています。その後元禄7(1694)に、僧常清が残された諸仏を供養して再建し、宝永4(1707)須坂市春木町の浄念寺の末寺となり、浄土宗に改宗したお寺です。山の尾根に本堂・観音堂などが点在しています。須坂の里山=坂田山→明覚山の登山口の1つになっています。


  この寺の入り口の階段登り口の左側に大きな筆塚があります。天徳寺17代住職に就いた田幸正粲は・・・・・・・


        つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/7078


 


 yjimage (2).jpg


 


引用参考元 須坂探検マップ


http://www.suzakamap.com/tanken/page.php?_id=200


画像・動画 original


 


 


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

【神社仏閣名所旧跡巡り】 天神社(須坂市福島町) 狛牛と大幟で有名な神社!     [神社仏閣めぐり]

 


【神社仏閣名所旧跡巡り】 天神社(須坂市福島町) 狛牛と大幟で有名な神社! 


chirasi.jpg

 


大笹街道は、上州側では仁礼街道または信州街道といって、善光寺平から上州を経て江戸に至る最重要の脇往還である。大笹街道の起点は福島宿で、ここで北国街道とわかれ、鮎川の段丘をのぼり、八町、栃倉を経て仁礼宿に至り、さらに現在の国道とは異なって宇原川をさかのぼり、大谷不動から菅平に出て、この高原を南北に横切り、鳥居峠を越え、上州に出て大笹宿に至り、さらに大戸を経て高崎に出る道である。この大笹街道の現標が福島宿に現存している。福島宿は宿場としての昔の影を随所に残ている。宿場の中ほどに追分の道標はあって「左 草津仁礼道 右 松代道」とある。大笹街道はいつ頃から開かれたか明らかでないが、慶安2年(1649)矢代宿より追分宿に至る北国12ヶ所の宿が仁礼大笹両宿を相手に大笹街道に駄 賃荷物を通さぬよう幕府に公訴し、両宿は反論して結局慶安3年(1650)大笹街道が勝訴しているので、それ以前より有力な街道であったことがわかる。その「福島宿」の北の端に「天神社」がある。


 


福島町の氏神=産土神。天徳4(960)年頃に京都北野天満宮より勧請(かんじょう)された。当初は雷雨天災を鎮める神として千曲川の洪水水害除けを願って祀られたが、現在は学問の神としても尊崇されている。拝殿前に一対の牛の石造があるが、道真と牛との関わりが深かったことで天神社の守護神となっている。ほかに、境内社として八坂神社、養蚕社、白山比咩神社、金刀比羅社、伊勢社、蚊里田八幡社、熊野権現社、三峯社、秋葉社が祀られている。


 


また当社は、日本一と言われる一対の「大幟(おおのぼり)」で有名である。1880年(明治13年)千曲川の洪水によって破損した天神社本殿の再建に伴い作られました。大幟と言われるように竿の・・・・・・・・


                  https://youtu.be/qD0AEBfaPnw


 


   つづきはこちらから ☞ http://mahoroba19.com/archives/6445


 


 


admin-ajax.jpg

 


    画像引用 http://www8.shinmai.co.jp/odekake/article.php?id=ODEK2015


『須坂市報 「須坂市の文化財シリーズ28(平成2211)』より


【すざかからの日本一!】


須坂市福島天神社の幟旗


旗の長さが22.5メートル、幅が4.0メートル、旗を広げた面積が90平方メートル。対の幟旗としては日本一の大きさです。揮毫は高井鴻山です。


 


    記事・画像・動画 引用・参考元 すざかのお宝


http://www.city.suzaka.nagano.jp/otakara/search/item.php?id=18


    画像引用 いきいき須坂


http://www.city.suzaka.nagano.jp/contents/event/event.php?p=x&id=11000&joho=oshi


 


 


 


 


 


 


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域
前の30件 | - 神社仏閣めぐり ブログトップ